書店員のスポーツ本探訪BACK NUMBER
黒田博樹の野球観、人生観を知る。
「決めて断つ」ことで得た正解。
text by
濱口陽輔Yosuke Hamaguchi
photograph byWataru Sato
posted2016/11/29 17:00
「男気」というキャッチーな言葉で語られることが多いが、黒田の本質はもっと奥深いところにある。
母親からの言葉で最も大切にしている言葉とは。
「このままじゃ、プロとしての生活は終わってしまう」
このときから野球がいつ終わってもおかしくない、という感覚を持つ。どうせ野球が終わってしまうなら、その前に真剣に野球をやってみよう、そういう気持ちで野球をやらないといけないと覚悟を決めたのだ。
黒田博樹からは「覚悟」「信念」という言葉がにじみ出ている。彼を形成し、道標を示してくれたのは両親であるという。父の黒田一博は元プロ野球選手で、母は砲丸投げでオリンピックを目指し、周囲の人々からは「強烈」と言わしめた体育教師だった。現代社会であれば虐待と言われかねない環境で育ったのだが、そういった母親の躾が黒田博樹を作ったのだ。
母親からの言葉で最も大切にしているのは「信念を貫き通す」ということ。意を決し、ひとつのことを決めたら、最後の最後までやりきる。
後に挑戦するメジャーリーグのドジャース在籍時に、優勝の可能性がある名門レッドソックスからのトレード話を断ったのも「今年はこのチームメイトと一緒に野球をやりきる」という初心、信念を貫き通した母親の教えだった。
日本で築いた完投のこだわりも「断つ」勇気。
'08年、黒田はFA宣言しロサンゼルスに来ていた。カープからドジャースへ移籍し、メジャーリーグでの挑戦1年目である。両親の死、私生活で一区切りがついたことによりメジャーリーグでプレーしようという気持ちが強くなっていた。なぜ移籍したかというと、日本より上の野球をやっているところがアメリカにあるから。実に黒田らしい決断だと思った。
そこで捨てたのが「完投」へのこだわりだ。メジャー挑戦前の黒田と言えば剛速球でねじ伏せ、完投するイメージが今でも強く印象に残る。しかしそのスタイルは、アメリカでは自己満足に過ぎない。例えば1試合完封しても、次の試合でKOされてしまえば意味がないからである。
チームにとっては毎試合7回を抑えてくれる投手のほうが貢献度が高いのだ。黒田本人も「完投」へのこだわりを持っている選手だったのだが、ここで「断つ」選択をする。長年積み上げたものを「断つ」勇気はなかなか出ないものだが、上のレベルに挑もうとする際には時に必要なことなのだ。