西野朗の名言
Jリーグ開幕以前は、オリンピックとかワールドカップというのは夢だよね。高校選手権に出たいとか、日本代表に入りたいとか、漠然とした目標しか描けなかった。
西野朗(サッカー)
かつて日本のサッカーが世界で通用するとは誰も思っていなかった。その意識を大きく変えたのはJリーグの開幕だ。1992年にユース代表監督を務めた西野は言う。「Jリーグ開幕前後にジュニアユースやユースだった選手は、目標設定が明確になった。世界のレベルを身近に感じて、物差しができたからね。このぐらいできれば世界で通用するのか、というように」
Number567号(2003/01/09)
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