パラリンピックへの道BACK NUMBER
パラ五輪マラソン銀を呼び込んだ縁。
道下美里と支援者たちの幸せな関係。
posted2016/10/10 08:00
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
AFLO
9月25日、日曜日。福岡市内の中心部からほど近い大濠公園では、驚くほどたくさんのランナーがランニングを楽しんでいた。その中に、道下美里(三井住友海上)もいた。
「木曜日(22日)に帰国しました。正直まだ時差ぼけ中です。でも走った方が治るんじゃないかと」
こう笑顔で語った。9月18日に行なわれたリオデジャネイロ・パラリンピックの視覚障がい者マラソンで銀メダルを獲得。帰国して間もなかった。当日、リオは高い気温と強い陽射しにさらされた。走るには決してコンディションがいいわけではなかった。
「ブラジルのライバル選手だったり、中国の選手も、暑いのは慣れていないんですね。だから有利だと思っていました」
その言葉通り、粘り強い走りでつかんだ銀メダルの原動力を、道下は「仲間」だと振り返る。
'14年に世界新記録を樹立し、トップランナーに。
道下は中学2年の時、「膠様滴状角膜ジストロフィ」で右目の視力を失った。25歳のときには左目も悪化し、光や輪郭をぼんやりと感じる程度となった。どうしていけばいいのか分からない中、通い始めた盲学校で出会ったのが、ランニングだった。
それは人生の転機と言ってよかった。トラック種目に取り組んだ後、2008年、初めてフルマラソンを完走。'09年、結婚を機に福岡県に移ってから「大濠公園ブラインドランナーズクラブ」に所属し、走り込んできた。その後記録を伸ばすと、'14年の防府読売マラソンでは2時間59分21秒の世界新記録(当時)を樹立。昨年のロンドンマラソンでも3位となるなど、世界のトップランナーの1人となった。
視覚障がい者マラソンは、ガイドランナー、つまり伴走者を必要とする選手が多い。隣でランナーと一緒に走り、途中経過時間や順位、カーブや地面の状態などコースの形状を伝えてくれる存在だ。レースでも、練習でも、信頼する伴走者がいてこそ走れる。安心してスピードを上げることができる。