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4度目の五輪、主将の重圧。
木村沙織は何を変えたのか?
posted2016/07/28 11:50
text by
Number編集部Sports Graphic Number
photograph by
Asami Enomoto
5月のバレーボール女子五輪世界最終予選。
大会4日目、宿敵韓国に前夜いいところなく敗れてあとがなくなったバレーボール全日本女子は、このところ力をつけてきているアジア枠のライバル、タイとの一戦に臨んだ。エース木村沙織は韓国戦で受傷した右手小指の影響もあり、先発を外れることに。第1セットを20-25で落とすと、「なんとか流れを変えたい」と木村は第2セット開始から出場。10得点を決め、フルセットにもつれこむ激闘を制し、勝利に貢献した。勝利を決めた直後、木村は「絶対にここで終わらせないという気持ちで最後はみんなで戦いました」と涙を見せていた。
初めて背負うキャプテンの重圧。それは言葉では到底表せるものではなかった。
しかし、チームはタイ戦をきかっけに、翌々日のドミニカ共和国に3-0の圧勝を収めると、続くイタリからチーム最多となる31得点を決め、2セットを奪取。4大会連続12回目のリオ五輪出場を決めた。
怪我を押しての気迫のプレーと声でチームを牽引し続けたキャプテン。
「今日で絶対にオリンピックを決めたいという気持ちが強かった。だからみんなで心を一つにして戦えたと思います」と、試合後は仲間への感謝の気持ちを口にしていた。
4度目の五輪は「“ふ~ん、そうなんだ”って感じ」。
6月某日。リオ五輪出場権を獲得したバレーボール全日本のキャプテン木村沙織が、笑顔を見せながら取材場所に現れた。わずか1カ月前には、リオ五輪出場権を獲得したばかり。プレッシャーから解き放たれた、柔らかな表情が印象的だった。
取材冒頭に、4度目の五輪出場が日本のインドア女子バレーボール選手として、今回のリオで初となると伝えると、彼女はあっけらかんとこう話した。
「初めてだっていうのはテレビで聞いた気がするけれど、あまりこだわってないんですよ。“ふ~ん、そうなんだ”っていう感じで」
むろん、五輪への思いがないわけではない。
いや、時を経て、その思いはさらに強くなってきている。
初めて出場した'04年アテネ、ベスト8に終わった'08年北京、28年ぶりの銅メダル獲得に貢献した'12年ロンドン。それぞれに深い思い入れがある。