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日本マラソン界の停滞感を打ち破る。
前田彩里、走りも意識も急成長中。
posted2015/08/22 10:20
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
AFLO
前田彩里(さいり)、日本女子マラソンの新星である。
マラソン経験はまだ2度、しかしどちらのレースでも強い印象を残した。
23歳の前田が、大きな注目を集めることになったのは、佛教大学4年生だった昨年1月のことだ。大阪国際女子マラソンを2時間26分46秒で走り、4位となったのである。
初めてのマラソンとしてはかなりの好タイムである。また、苦しいところにさしかかる30kmから35kmで出場選手中ただ一人16分台を記録するなど、走りの内容そのものも高い評価を得た。
しかもレース後、驚くべき事実を打ち明けた。練習でも30kmまでしか走ったことがなかったのだ。「目標は完走でした」という言葉も本音だったのだろうし、なおさらその走りは鮮烈だった。
2度目となったのは今年3月の名古屋ウィメンズマラソン。大学を卒業後、ダイハツに入社した前田は2時間22分48秒で日本勢トップの3位になる。この記録は日本女子歴代8位であり、日本女子では野口みずき以来8年ぶりの23分切りでもあった。最後の2.195kmは7分17秒で出場選手中、最速を記録。あらためて後半の強さを示した。
実はレース中、アクシデントがあった。15kmあたりの給水地点で前の選手と接触して激しく転倒し、給水も取ることができなかったのだ。それでも動揺することなく落ち着いた走りを見せたことも、前田の評価を高めた。
この成績により、今夏に北京で行なわれる世界選手権代表をつかんだ。
それにしても、2度のマラソンそれぞれで結果を残し、しかもインパクトを与えた走りができたのはどのような要因があったのだろうか。
恵まれた身体能力と、太いメンタル。
一つには、前田の恵まれた身体能力がある。大学時代、最大酸素摂取量を測定すると、世界の一流選手に匹敵する数値が出たという。最大酸素摂取量とは簡単に言えば、運動持久力を表すものだ。それが高いことは、マラソンの適性の高さを示している。
もう一つは、物怖じしない性格である。名古屋では、「重圧はありませんでした。いいときはいいし、だめなときはだめです」と語っているが、取材時の応対ぶりからも、マイペースであまり動じない部分が伝わってくる。2度のレースで力を出し切れた理由がそこにある。