「ムーニーはいつも何を叫んでいるんだ？」

　メジャー昇格から遡ること1週間前の7月25日、川崎は傘下のマイナーAAA級バッファロー・バイソンズの一員として敵地ポータケット（レッドソックス傘下）を訪れていた。敵地での試合、1回表の攻撃。相手の先発投手が第1球を投げる直前、こんな日本語がベンチから飛び出してくるのを聞いた。

「おらおら、行ったらんかーい！　二塁打打ったれ、二塁打！」

　そこまで日本語が分かる選手は皆無なので、それでベンチが盛り上がるわけではない。だが、試合の最初から最後まで、バイソンズのベンチは賑やかだった。叱咤激励された選手が本当に二塁打を打ったりしたものだから、ベンチに『Oh, Yeah！』だの『Bueno！』だのと多国語が飛び交い始める。そこで先陣を切った声の主＝川崎宗則がさらに日本語で畳みかける。

「ほらほら、言った通りだろがーっ！」

　驚くべきことに川崎は、ブルージェイズ、つまりメジャーリーグでも同じように振舞っている。事実、開閉式ドーム球場で本拠地のロジャースセンターで取材をしていると、ふとした瞬間に日本語が聞こえてきて、取材席にいるカナダ人記者から「ムーニー（川崎の愛称の一つ）はいつも何を叫んでいるんだ？」と訊かれたりする。

チームのベテランが涙を溜めて川崎の重要さを主張。

　川崎は一昨年、ブルージェイズで最初にメジャー昇格を果たして「士気を高める男」として存在感を示した。チーム事情でマイナーに降格した際には、ベテラン左腕のマーク・バーリーが目に涙を溜めながら「今の我々にはああいう選手が必要なのに……」と言ったきり、しばらく話せなくなったのは地元トロントでは有名な話だ。

「メジャーだろうがマイナーだろうが、関係ないから」

　川崎はそう言って笑う。

「試合に入ったら自然と声が出るんだよね。ここ（マイナー）で英語とかスペイン語とか日本語であれこれ言ってラテンの選手を煽ってるけど、メジャーに行ったら（ホゼ・）バティースタとか（エドウィン・）エンカーナシオンとかに、同じことしてるから（笑）」

　もちろん、楽しいことばかりじゃない。川崎は渡米してからの4年間で、すでにアメリカのプロ野球の仕組みを嫌というほど味わってきた。「年齢は若いほうがいい」、「メジャーリーグ歴3年以下の選手の権利なんて“無”に等しい」。そういう事実を突きつけられてきたのだ。乱暴な言い方をすれば、今の川崎は「球団の言いなりになるしかない選手」である。それを分かり過ぎているからこそ、彼はこんなことをさらりと言ってのけるのだ。

「メジャーに上がることなんて、目標じゃないよ」

　痩せ我慢や強がりに聞こえなくもないが、そこには我々のようなメディアがいろいろ邪推したり、悔しいだろう、苦い思いをしていいるのだろう、と同情するような感情はなく、「メジャーに上がったから嬉しい」、「マイナーに落ちたから悔しい」といった短絡的な発想も通用しない。

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