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異能の人、元大関貴ノ浪の「懐の深さ」。
~享年43、早過ぎる死を偲んで~ 

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藤島大

藤島大Dai Fujishima

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photograph byKYODO

posted2015/07/10 10:30

異能の人、元大関貴ノ浪の「懐の深さ」。~享年43、早過ぎる死を偲んで~<Number Web> photograph by KYODO

生涯成績777勝559敗、優勝2回。昨年、胃がんの手術を受けていた。写真は1996年初場所での初優勝時。

 粉雪の手触りのように柔らかな筋肉。壮大なる骨格。均衡の感覚はどこまでもしなやかだ。青森は三沢に生を享けたジャイアントの資質は力士の理想に近かった。

 元大関、貴ノ浪、死す。

 享年43。突然の訃報には「急性心不全」とあった。大阪のホテルで倒れ、自宅のある名古屋にて弔われた。

 残された者たちは、土俵の勇姿の記憶を大切にしながらも、あの性格と頭脳こそを惜しむ。厚い胸の奥に棲む純情の塊、飄々としながら媚びない生き方、大相撲中継での明敏で率直な解説に接することは無念にももうかなわない。

不興を買った「引っ張り込み」はやがて「生き方」に。

 異能の人。得意技は指導の手本にはないはずの「引っ張り込み」。もろ差しを許し、腰が縦に伸び切り、指のみを残し足裏は浮いて、そんな不恰好からおのれの世界に引き入れた。得体の知れぬ沼のごとく力を呑み込む。相手の肩の上から右腕を回し、すると指先はまわしに届いた。土俵際に追われるといきなり両の脚は軟体生物と化した。すり抜け、巻きつき、身長196cm、体重160kgもの巨体を瞬時に反転させる。

 正統を拒む取り口は時に識者の不興も買いながら、やがて「生き方」として認められる。もつれる評価が魅力の証明だった。

 元大関、貴ノ花(故人)の藤島部屋へ「若貴」兄弟の1年先輩として入門。それが幸いした。親方の関心はどうしても若と貴の息子たちへ傾く。人情だろう。その分、東北の中学を出てやってきた大器に自由の幅は与えられた。

「子供時代の相撲から自分のスタイルは変わらない。体をいかしてこれでいいんだ」

 筆者の在京スポーツ紙勤務時の同僚で貴ノ浪との親交の厚かった元記者は何度かそう聞かされた。

 海外巡業へ向かう機中、ビジネスクラスの自分の席を放り出しては、その記者を訪ねてエコノミー席へやってくる。「こっちのほうが楽しいんだもの」。憎めぬ笑顔でトランプ遊びに興じた。小山のごとき背中はどういうわけか狭いシートに収まった。

【次ページ】 武蔵丸の引退を耳にし、落涙した時のある言葉。

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