スペインサッカー、美学と不条理BACK NUMBER
ラシンが何故2年連続降格で3部へ?
とある世界的詐欺師の“アリ地獄”。
text by
工藤拓Taku Kudo
photograph byREUTERS/AFLO
posted2014/01/31 10:45
2011年1月、ホームスタジアムでファンの歓声に応えるオーナー就任直後のアリ氏。このときには現在のような事態は想定する者はいなかった。
裁判でアリから経営権を奪還、しかし再建は遠い。
とりわけホームのアルメリア戦では血の気の多いゴール裏の若者たちがスタンドの柵を乗り越えて貴賓席に押し掛け、アリの手先であるアンヘル・ラビン会長らへの暴行を試みる残念な事件が試合中に起きた。それでもピッチの選手たちは動揺することなく、先制されながら1-1のドローに持ち込んだ。そして片道1000km超のバス移動を経て挑んだアウェーの第2レグを0-2で制し、8強入りを実現したのだから大したものである。
そんな彼らの健闘に続き、先日クラブに朗報が届いた。オランダの裁判所の指示により、アリがウェスタン・ガルフ・アドバイザリー社のCEOから解任されたのである。これにより、同社の経営権はクラブの99%弱の株を持つアリの手から離れ、同社の経営管理を担当する弁護士団へと引き継がれた。
しかし、ようやく“アリ地獄”の出口が見えてきたとはいえ、それで状況が一気に好転するわけではない。
苦渋の決断だったボイコットとファンの無償の愛。
3-1で敗れたレアル・ソシエダとの準々決勝第1レグの数日後。選手たちはアリの手先であり何一つ問題を解決しようとしないラビンの辞任を求め、彼が辞めなければホームの第2レグでのプレーをボイコットすることを決断した。
迎えた第2レグ当日。辞任を拒否した上「私はスタンドに行く。身の危険など恐れはしない」と豪語していたラビンは結局スタジアムに姿を見せることすらなく、チームは苦渋の決断を実行することになる。
夜9時、冷たい雨が降りしきるエル・サルディネロのピッチにキックオフの笛が響き渡る。ほどなくラシンの選手たちはセンターサークル上に1列に並び、肩を組みはじめた。
対するソシエダの選手たちはしばし自陣でパスを回した後、ボールをタッチラインの外へと蹴り出す。主審はスローインを行おうとしないラシンの選手たちに歩み寄り、キャプテンのマリオ・フェルナンデスにボイコットの意思を確認した上、高らかに試合中止の笛を吹く。それは僅か58秒の出来事だった。
この試合には悲しくも心温まる続きがある。
試合が行なわれないことを承知でスタンドに集まったファンは、その後も雨に打たれるのも構わず大声を張り上げてチームを讃える。選手スタッフ一同はそんなスタンドに感謝の拍手を送りながら、ゆっくりとピッチを一周していった。
フットボールに無償の愛を捧げる彼らの姿は美しい。だがそんな彼らの犠牲の上でしか成り立たないクラブなどあってはならない。
ラシン再建への道のりは長い。再びエル・サルディネロが超満員となり、バルセロナやレアル・マドリーを迎え撃つ日が来ることを願ってやまない。