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<走るという新たな治療法> 作業療法士が太鼓判! ランがうつ病を救う!?
text by
君塚麗子Reiko Kimizuka
photograph byNanae Suzuki
posted2013/12/17 06:00
ウォーミングアップに取り入れられた細かな工夫とは?
具体的には、まず、走るまでのウォーミングアップが非常に興味深かったです。そのときどきで実際に行なうことは異なるんですが、いくつかポイントがあるんです。例えばジャンプ運動を入れるとか、笑いを誘うようなことを仕掛けるとか、あとは軽いスキンシップになるような動き、例えば2人1組になってストレッチをやるとか。自然な流れで進んで行くんですが、どれもこれもうつ病の回復のためには意味のある動きで、患者さんの状態がぐっと上がっていくのがわかるんです。
さらに、十分にウォーミングアップしてからいよいよ走るのですが、これも想像以上にゆっくりとしたペースで驚きました。「これが走る速度?」っていうぐらい遅いペースなんです。それでも金さんは「これぐらいで全然いいんですよ」と。若い患者さんもごく自然に金さんの後ろをついて走るようになって。そんな姿を見ていたら、私たちは当初「ちょっと苦しくても何かを成し遂げる経験をしてもらうために」と部活動のようなノリで考えていたけれど、それはちょっと違っていたのかな、と思うようになったんです。
きっと「何かを乗り越える」ということよりも、気持ち良くて「ああ、生きてるな」っていう実感を得られればそれで十分なんだと。本当の回復はそういうところから始まるんじゃないかなって気付いたんです。
走る楽しさを覚えて退院後もランニングを続ける方も。
走る前と走ったあと、患者さんにヒヤリングをして、自分自身の状態に点数をつけてもらうんですが、例えば30点の方が50点になったり、40点から60点になったり、明らかに状態がよくなるんです。走る前に躁状態で100点をつけていた方がランニング後50点になったという例もあります。つまり「普通の状態」になったということです。
もちろん感想も聞きます。「走ると安心する」「うつがラクになる」「ご飯が美味しくなる」など、いい感触ばかり。あとは、見ていて明らかに走ったあとの表情が違いますからね。本当にいいことずくめです。
ここで走る楽しさを覚えて、退院後もランニングを続けられる方も多いんですよ。ある元患者さんで、元々陸上部だった方がいるんですけど、うつ病を患って家の中に引きこもるようになって。その方は、このランニングプログラムを通して走る楽しさを再認識して、退院後も走り続けていらしたんですね。それで、東京マラソンにエントリーして、無事完走されたんです。そんな話を聞くと本当に嬉しくなりますよね。
あと、実はもうひとつ、ランニングと並行して農作業をリハビリに取り入れているんですが、これも効果絶大なんです。いくら肥料をやってもすぐに芽が出るわけじゃない。コツコツ続けてやっといい野菜ができる。農作業は、私たちができることの限界を教えてくれるんです。個人的には、農作業とランニングって何か通ずるところがあるように思えてならないんですよね。この辺りのことも解明していけたらな、と思っています。