野次馬ライトスタンドBACK NUMBER
僕は楽天イーグルスの
「初代応援団員」だった。
text by
村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byTomohiro Okano
posted2013/09/26 10:30
懸命に声を張り上げる岡野。アナウンサーを志望していただけあって、よく通る声をしている。
「優勝したらどうするか……ですか?」
その翌年、礒部、高須、吉岡、鉄平などの個人応援歌を作った荒鷲会が、同じ東西対抗の二次会で礒部のテーマを流すと、集まったファンは皆高らかに歌いあげ、当たり前のように4・4・8拍子もやってくれた。その日、岡野は1年前とは違う涙を流したことは言うまでもない。
その後、岡野は'07年に荒鷲会北海道支部を立ち上げ、団長に就任。全国荒鷲連合会は北海道から九州までパ・リーグ本拠地に拠点が完成し、現在に至っている。
2011年。岡野はいくつかの理由により荒鷲会から離れ、一介のイーグルスファンに戻ることとなった。そして、2年が経った今、初優勝を目前にして、岡野はこの9年間の戦いに思いを馳せる。
「選手も応援団も寄せ集めではじまったイーグルスがここまでこれたのは、9年間、1試合1試合の積み重ねがあったからこそです。バカにされながらも、スタンドにいると、試合を重ねるごとにイーグルスに対して本気になっていくファンの人が増えていくのを肌で感じていました。その経験は僕の人生の宝物です。
田尾さん、野村さん、ブラウンさん、そして星野さん、それぞれの時代時代にいた選手と応援してくれたファン。その人たちがこの9年間で徐々に成長を遂げ、今、集大成を迎えようとしている。満員のスタンドを見ていると……本当に、これだけたくさんのファンの人が“東北魂”という旗印の下に集まってきてくれて、ただ、ありがとうと言いたいですね」
ちなみに、今年になって岡野は「東北楽天ゴールデンイーグルス評論家」という肩書きを名乗り始めた。応援団を退いてからも、何かイーグルスとファンのためにできることはないかと考えた末の結論だそうだ。
「そうなんですよ。だから、このインタビューが評論家として最初の仕事なんです。え、優勝したらどうするか……ですか? そりゃ、泣きますよ。これまでを思い出して、どうしようもなく泣くでしょうね。そんな評論家がいてもいいんじゃないでしょうか(笑)」
*当初の原稿において、一部事実関係に誤りがありましたため、お詫びして訂正いたします。