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一流選手や監督による
言葉の力と、叱る極意。
~巨人軍再建を支えた「叱る技術」~
text by
本城雅人Masato Honjo
photograph bySports Graphic Number
posted2010/11/07 08:00
『こんな言葉で叱られたい』 清武英利著 文春新書 700円+税
34歳でラグビー日本代表監督に就任した平尾誠二氏に、監督になって最初にしたことは何かと尋ねたことがある。
平尾氏の答えは「選手と一緒に食事を取らないようにしたことです」。
昨日まで仲良くしていたのが突然、距離を置く。選手は平尾氏の急変を不満に思っただろうが、ラグビーという競技は監督はスタンドから試合を観戦しなくてはならない。よって試合前、ハーフタイムにいかに的確に指示を出すかが大事になる。
「日常会話に慣れてしまうと、監督の一言が選手の耳に残らなくなるんです。試合中に選手の頭の中に自分の声が呼び起こされるか。たった数分のミーティングのために前の晩から眠れなくなります」
平尾氏の説明に言葉とは綿密に計算した筋の中に織り込んだとしても効果を発揮するとは限らない、むしろ話すほど薄れていく一瞬の生き物だと理解した。
『こんな言葉で叱られたい』は巨人軍代表の清武英利氏の著書であるが、球団代表として部下や選手を叱咤したことをまとめた自叙伝の類に入るものではない。読売新聞の社会部記者だった著者が、監督やコーチが選手を、あるいは先輩が後輩を叱るのをそばで聞き、感じた「言葉の力」をテーマにした一冊である。
原監督が東野を叱責した言葉に込めた真意。
2009年8月、五勝目を挙げた東野峻だが、8安打5失点の内容に監督の原辰徳は怒っていた。記者会見でも東野をやり玉にあげ、さらに本人を呼び「打たれてもみんなで守っているんだ。そんな姿をみんなに見せるな。だから、もう一度投げてみろ」と叱責した。著者は「厳しいもんだなあ」と思わず東野に同情してしまったが、そばにいたスタッフから「最後の一言で東野は寝られるんです。また先発しろと言われたんだから」と監督の真意を教えられ、前向きに叱って相手を気持ちよくさせるのが叱責の極意だと納得したという。
二軍監督の岡崎郁は1対25で大敗した日、選手をベンチに座らせた。
「今日の負けにどう対処するか。方法は二つある。もう野球をやめてしまうか。練習して力をつけるか」
西武の守護神だった豊田清は、FA移籍した巨人では二軍落ちも経験している。その豊田が同じくファームでもがき苦しんでいる選手にこう声をかけていた。
「チャンスは準備をしている選手でないと気づかないぞ」
いずれも長々としたフレーズではない。あらかじめ用意して話したとも思えない。だがその局面で出た言葉だからこそ耳によく響き、重みがある。自前の選手が育つようになった巨人の土壌の変化がこれらの言葉からも窺い知れる。