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宮城県・古川工の甲子園出場の意義。
地方の公立高校が変わってきた!?
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byKYODO
posted2011/08/07 08:00
甲子園球場で本大会前の練習をする古川工高ナインたち
8月6日から夏の甲子園が始まった。
今日は徹底的にローカルな話題をさせていただくが、私は宮城県出身だ。今年の宮城代表は、3日目第2試合に登場する古川工業。宮城で生まれた人間からすれば、「古川工が代表か!」と驚きを隠せない。
なぜならば……。
(1) 古川工は公立の学校である……宮城県で公立校が夏の甲子園に出場するのは2002年の仙台西高以来、9年ぶり。
(2) 仙台市以外の学校が夏の甲子園に出場するのは、1988年の東陵高(気仙沼市)以来、23年ぶり。
さらに突っ込んでいくと、「仙台市以外の公立校」が夏の甲子園に登場するのは、昭和37年(1962年)の気仙沼高校――私の母校である――以来、実に49年ぶりのことなのである。
宮城県出身の人間にとって、古川工の甲子園出場がいかに珍しいことなのかがおわかりいただけたかと思う。
公立校に立ちはだかる私学2強。
長年、宮城県の高校野球界をリードしてきたのは東北と仙台育英である。
両校の間にはただならぬ緊迫感が漂っていて、1989年に大越基(現早鞆高監督・山口)を擁して準優勝までチームを育てた竹田利秋監督は、それ以前は東北の監督をしていた(「大魔神」・佐々木主浩は1985年、東北高の教え子だった)。
ライバル校の監督の移籍。宮城県では大きな話題になったし、水面下では大きな動きがあったと考えるのが自然である。
現在、仙台育英の佐々木順一朗監督は、竹田監督の東北高校時代の教え子であり、昭和51年(1976年)の甲子園でベスト8に入っている。
東北、仙台育英の2強が図抜けているのは、分かり切ったことだが才能が集まる仕組みがある。宮城県内の仙台市以外に住む中学生で、町でもナンバーワンの素質を持った選手がいれば、自然と2強に進むことを考えるようになる。