Column from SpainBACK NUMBER
リーガが直面する試練。
text by
横井伸幸Nobuyuki Yokoi
photograph byREUTERS/AFLO
posted2008/10/09 00:00
1992年3月15日、エスパニョールの当時の本拠サリアースタジアムに、1人の子連れがやって来た。
席に着いた途端スタンドの雰囲気に飲まれた彼は、早速発炎筒を取り出し、息子の前でカッコよく灯してみせた。
船舶用品店でわざわざ買ってきた海難信号用の特殊な発炎筒は、赤白い炎と煙を吐きながら、ロケットのように飛んで行った。広いピッチを越え、メインスタンドにまで届いた。が、そこで運悪く13歳の少年の胸に突き刺さった。
少年は、一緒に来ていた父親の腕の中で息を引き取った。
スペインサッカー史に残る悲劇である。
この事件をきっかけに、スペインではスタジアムへの発炎筒の持ち込みが禁じられるようになった。
ところが、スタンドからは今も煙が立ち上る。入場時のセキュリティチェックが甘いため、常に誰かが隠し持って来るのだ。
リーガ第5節のエスパニョール対バルサは特に酷かった。
試合前のスタジアム周辺を合わせると、この日焚かれた発炎筒の数は二桁に上る。試合中には最上階に陣取ったバルサの過激派サポーター集団“ボイショス・ノイス”が、階下のエスパニョールファンめがけ、発火しているものを次々と投げ込んでいた。
幸い軽傷者4人を出すだけで済んだものの、一歩間違えば大惨事だ。
反対側のスタンドで全てを目撃していた人々は怒りのあまりピッチになだれ込み、おかげで試合は9分間中断した。VIPシートの周りでは、観戦していたバルサのラポルタ会長に対する罵声が響き渡った。皆16年前の悪夢を思い出したのだろう。
さて、この一件で一番悪いのは、言うまでもなく発煙筒を投げ込んだ連中である。防犯ビデオによって特定された“犯人”は、試合後まもなく逮捕され、国の反暴力委員会から6万5000ユーロ(約910万円)の罰金と、5年間の試合観戦禁止を科せられた。今後は公序良俗を乱したカドで5年の懲役も求刑されるという。
一方で、試合主催者であるエスパニョールも責任を問われねばならない。もともとこの一戦は「危険度-高」に指定されていたし、ボイショス・ノイスは昨年も騒動を起こしている。危険人物・団体の入場制限やら、スタジアム内での徹底した隔離やら、幾つかあったトラブル防止策の中で、最も簡単な所持品検査さえ徹底していれば、蛮行はある程度防げたはずだ。実際、反暴力委員会は入場時のセキュリティコントロールに落ち度があったとして、エスパニョールに1万 5000ユーロ(約260万円)の罰金を科している。
しかし、繰り返すが、スペインのクラブはセキュリティチェックの意識が弱い。1992年のような事故があると一時厳しくなるものの、喉元過ぎると熱さを忘れてしまう。だから、これまで発炎筒の他、ウイスキーのボトルや豚の頭、イガに包まれたままの栗、ねじ、ナイフなどが、あちらこちらのスタジアムに持ち込まれてきた。(ここに列挙できるということは、全てピッチに投げ込まれたということ)
試合の3日後、地元カタルーニャ州のテレビ局はエスパニョール、バルサ両クラブのセキュリティを検証した。材料はバルセロナ自治大学ジャーナリズム科の学生によるルポ。おもちゃのピストルやナイフを隠し持ってのスタジアム入場を試みたところ、楽々成功した映像だ。
「この学生たちはメインスタンドの入場券を持っていた。だからセキュリティチェックはさほど厳しくはなかった。しっかり検査していたら、いつまでたっても試合を始められない」
コメントを求められたエスパニョールのGMペドロ・トマースはこう言い訳したが、説得力はなかった。ボイショス・ノイスにしたって、メインスタンドにいたわけではないのだから。
エスパニョールとカタルーニャ州政府はいま合同で委員会を設け、今回のセキュリティ不備を調査している。そこで得られるであろう教訓をエスパニョールは今後どのように活かしていくのか。悲しいアクシデントに2度も見舞われたファンは、クラブをしかと見張っていくだろう。モンジュイックスタジアムの所持品検査よりよほど厳しい目をもって。