カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:北京「整腸剤は必携!」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2008/04/23 00:00
北京の食事はたしかにおいしい。
しかし、調子に乗って食べ過ぎると大変な目にあう。
先日は、タクシーのなかで緊迫感のある時間を過ごすことになった。
東京から北京へやってくると、日本に生まれて良かったなーとしみじみ思う。東京よりも北京の方が、格段に暑かったからだ。2月に訪れた時は滅茶苦茶寒かった。マイナス10度ぐらいあったので、服装に用心してやってくれば、この有様だ。
聞けば、ほんの一週間ほど前まで北京人は厚手のコートを羽織っていたとのこと。そして季節は、このまま夏へ向かっていくのだという。北京の夏は滅茶苦茶暑い。東京も暑いけれど、北京の不快指数はそれ以上だ。つまり少々大袈裟に言えば、北京は暑いか寒いかのどちらしかないことになる。
春うららの東京が、途端に恋しく感じられる。四季の変化が楽しめる日本が、途端に素晴らしい国に見えてくる。
北京の街を少し歩くと、貧富の差も目に飛び込んでくる。リッチそうな人と、どう見ても貧しそうな人とが入り交じって暮らしている。街は五輪に向けて、都会化が急速に進行中。近代的な超高層ビルがバンバン建設されている。ともすると世界屈指のモダンな都市に見えるが、路地に一歩入れば、ボロボロの風景も否応なく目に飛び込んでくる。そこで暮らす住民と、表通りにビルを構える会社で働く人との所得差は、10倍ぐらいはありそうな気配。日本でも格差は社会問題になっているが、これほどではない。もし僕が中国人で、貧乏な家に生まれていたら……。そんなことを考えると、胸はきゅーんと痛む。
しかしメシだけは別だ。大袈裟に言えば、どこで何を食べても美味い。僕の口にジャストフィットする。しかも飽きが来ない。イタメシは3日、スペインメシは4日連続で食べるとうんざりしてくるが、中国の場合は5日目でも大丈夫。僕にとっては、ポルトガルメシと甲乙つけがたいライバル関係にある。食材とメニューが豊富なこと。野菜が美味いことも飽きの来ない原因だ。農薬入り? 心配ない、心配ない。ここで何年も暮らすなら話は別だが、たまに来る分には問題ない。
北京メシの味は、辛さが特徴だ。韓国メシ以上に辛い。赤唐辛子は、たいていの料理に入っている。大量にだ。その1人当たりの消費量は、1日10本では利かないだろう。人口13億の中国全体では、1日何10億本にも及ぶに違いない。
だから、お腹はいつも下り気味だ。先日は朝5時に目が覚め、トイレに駆け込んでいる。前夜、激辛の火鍋を食べたことが原因だ。もっともその日、下腹部の腹痛は、1回では収まらなかった。
2回目の衝撃は、シンクロの五輪予選を観戦に行く道中で起きた。投宿ホテルから五輪プールまでは車で30分の距離。つまりその時、僕はタクシーに乗っていた。同行カメラマンが出発前に「トイレは大丈夫?」と気を遣ってくれた時、行っておけば良かったと後悔したが、後の祭り。
五輪プール到着まで、残り時間はまだ15分。にもかかわらず下腹部は、89、90、91、92〜と、30秒ごとにカウントを刻んでいる。さすがにタクシーの中で100の瞬間を迎えるわけにはいかない。
僕は運転手の肩を叩きながら「トイレ」と申し出た。泣きそうな顔を作りながら。しかし、運転手は何のことか、サッパリ分からないという顔。中国に「カタカナ英語」は存在しないのである。93、94〜。カウントはさらに刻まれている。「漢字で書かなきゃ分からないよ」と、同行カメラマンに促され、僕は筆談の手段に打って出た。
そして漢字で「大便」と書いた紙を、運転手に恥を忍んで差し出した。彼の表情は、一瞬ニヤッとしたものの返事はない。中国語で返事をされたところで、こちらも理解できない。いったい彼は、どうしてくれるのか。どこかのビルの前にタクシーを止め、その中のトイレで用を足してこいと言うつもりなのか。手段はそれしかないはずだが、彼にその気配はみられない。高速道路的な環状道路を、アクセルを踏みっぱなしで運転し続けている。95、96〜。
すると、しびれを切らした同行カメラマンは、漢字二文字の横にトグロの絵を描き、運転手につきだした。波線を縦に3本も入れたヤツを。だが、運転手はなおもアクセルを踏む。97、98〜。
そしてインターチェンジをターンしたところで、車を止めた。場所はこれから工事が始まろうとしている建設現場だ。
「ここで野糞しろってことらしいよ」と、同行カメラマン。「ええーー」と僕。だが、時は99だ。体内時計は、1分以内での時間切れを宣告している。
僕は車を飛び出し、そして、適当な場所を探そうと必死で走り回った。
ズボンとパンツを降ろし、しゃがみ込んだ場所は、建設予定現場の向こうに流れる川の手前。隣には貧しい人たちが暮らしているバラック街が広がっていた。その一方で、川の向こう側には、モダンなビルが建ち並んでいる。そこはまさに、いまの北京を象徴する場所だった。この風景は僕の脳裏に、その瞬間の快感と同時に、一生刻まれ続けるに違いない。
幸い、人に見られた様子はなかった。川の向こうを歩く人の姿が目に入ったが、近くに生えていた木の枝が、上手い具合に垂れ下がっていて、見事にカモフラージュしてくれたからだ。つまり、僕はわずか数十秒の間に、考えられる限りにおいて、最高の場所で野糞を垂れたわけである。
見て見ぬふりをされただけじゃないか? という突っ込みは、甘んじて受けることにしたい。だが、そういうアナタも、明日は我が身であることを忘れるべからず。北京五輪を観戦に行く人には、特に注意を促したい。メシが美味いからといって、いい気になってパクパク食べていると、えらい目に遭いますよ。北京五輪に整腸剤は必携だ!