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【特別連載 山崎浩子のアテネ日記 第8回】
「ピン」を愛する人々。 

text by

山崎浩子

山崎浩子Hiroko Yamasaki

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photograph byHiroko Yamasaki

posted2004/08/27 13:08

【特別連載 山崎浩子のアテネ日記 第8回】「ピン」を愛する人々。<Number Web> photograph by Hiroko Yamasaki

 五輪観戦者に行ったアンケート調査で、「観客の大多数が五輪の運営に満足している」との結果が出たらしい。理由の一つには、大会関係者やボランティアのサービスに満足しているということが挙げられた。

 私自身もそう思っている。

 朝から晩までバスの発着を管理するもの。ゴミの掃除をするもの。ADカードをチェックするもの。金属探知器のそばで「ポケットにコインなどは入っていませんか?」と言い続けているもの。みなが自分の仕事を堅実にこなし、大会運営がスムーズに行くようにがんばっている。それはもう感謝、感謝である。

 けれどただ一つ困っていることがある。

 それはどこに行っても「ピンを持っていないか?」と聞かれること。ピンとは小さなバッジのことで、そのピンをみんなが欲しくてたまらないのだ。

 部屋の掃除をしてくれるおばちゃんが、部屋に入ってくるなり、「ピン、持ってなあい?」と聞いてきた。少し持ってはいたが「ない」と答えると、悲しそうな顔をした。翌々日も同じおばちゃんが掃除をしていたが、よくやってくれてるからと思い直し、浮世絵が描かれたバッジをあげた。

 すると、それはそれはとろけそうな顔で喜び、キスの嵐。次の日からはごきげんな様子で掃除をしてくれるようになった。外国に行くと、掃除をする人が物を盗む場合があって、大切な物は机の上には出しておけない。が、これでもう一安心と思えるぐらいの奉仕ぶりだった。

 どこにいってもこんな調子だから、日本のメディアの人たちも、「ピン余ってない?」と聞くのが日課のよう。ピンを配れば、細かいことには目をつぶってくれる、いわば賄賂のようなもので、ピンの数だけ仕事がスピーディーにこなせると言っても過言ではない。

ではなぜ、これほどピンが好きなのか。ただ単にコレクションとして欲しいという人がほとんどだが、中には商売をしている人たちもいる。日がな一日道ばたで、ただピンを並べているだけだが、通りすがりの観光客やボランティア、メディアにポリスマンまで、真剣な表情で珍しいピンがないか目をこらして探している。

 こうした光景はオープンカフェなどいたるところで見られるが、お目当てのピンを手に入れるには、買うか、自分の持っているピンとチェンジするか。物によって価値が違うため、1個を手に入れるために3個渡さなければならなかったりして、交渉にも熱が入る。

 たぶん日本人の方だろうか。1964年東京オリンピックのときの記念バッジを見つけて値段を聞いていたが、ピンの持ち主は「20ユーロ」と答えていた。

小さなピンひとつに20ユーロ! 日本円ではで2700円ほどである。どうもコレクターの世界にはついていけない気がして、私はさっさとその場をあとにした。

 ある日、競技場に入るために、いつものように金属探知器を通過した。すると、ボランティアのおじさんや、若い女性、ポリスマンら5、6人が私の周りに異常な速さでササッと集まってきた。

 なにやら怪しいものがバッグの中に入っていると思われたのだろうか。みんなに取り囲まれて身を小さくしていると、一人のおじさんが「ピンを持っていないか?」と言う。

「なんだ、そのことか」と思い、「持っていない」と答えると、おじさんはウィンクしながら言った。

「オレはこの目で見たんだよ。バッグの中に入ってるでしょ?」

 なんと彼らは、X線でバッグの中身を映し出すモニターで、しっかりとピンの位置を確認していたのだ。

 あのピラニアのような素早い動きは、この獲物をみつけたためだったのである。

 苦笑しながら、「ない、ない」と言って逃げるように通り抜けたが、競技場へと急いでいる私にとっては、大きな時間のロスである。

 けれど、彼らは実によく働いてくれている。その働きに免じて、許してやるか。

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