Column from Holland & Other CountriesBACK NUMBER
FCトゥンの奇跡の秘密。
text by
木崎伸也Shinya Kizaki
photograph byPICS UNITED/AFLO
posted2005/11/09 00:00
FCトゥン(スイス)の練習場に行ったときのことだ。控え室の前で監督を待っていたら、「おつかれさん〜」なんて日本語が聞こえてくるではないか。
なぜ、スイスの田舎町で日本語が?声の主を見ると、褐色の肌を持つ南米人っぽい青年だった。その青年は、レアンドロと名乗った。
「オレ、プレー、ニホン、京都」
登録名レアンドロ・ヴィエイラ。2004年7月にJ2の京都パープルサンガにやってきたブラジル人MFは、たった1試合しか出場せず、その年の11月に解雇された。ダメ外人の典型である。その彼が、今季トゥンのレギュラーとしてCLに出場している……正直、京都時代のレアンドロのことは全く知らなかったが、旧友と偶然再会したような嬉しい気分になった。
ここからは近くにいた10代のファン(女の子)に、通訳をしてもらって話を聞いた。
「オレは日本ではケガもあってよくなかったけど、トゥンでは全てがうまくいってるよ。ドイツ語はまだ話せないけど、チームにはすぐに馴染むことができた」
トゥンには日本人に馴染みのある選手がもうひとりいる。FWのゼンは昨季までハンブルガーSVにいた選手で、高原がアマチュアでプレーしたときには2トップを組んだ。結構、高原と仲が良かった選手だ。
それにしても京都でダメだった外人や、アマチュアFWが主力のチームが、なぜCL予備戦を勝ち抜いて本戦に出場することができたのか?それはシェーネンベルガー監督の存在なしには、成し遂げられなかっただろう。シェーネンベルガーは、厳格な禁欲主義者だ。
「私は選手にとても高いレベルを要求する。そのためには、私はピッチ沿いで怒り狂う火山のような存在でなければいけない。
そして、体重オーバーの選手は絶対に使わない。他のチームと差をつけるのが、試合と試合の間の体調管理。食べ物に気を使い、体内にエネルギーを蓄積させる。アルコールはタブーだ」
だが、監督の力だけで、8年前までスイス3部のアマチュアだったクラブが、2005年にCLに出場するだけの力をつけられるわけがない。その背景には、トゥンの銀行破綻という金融危機があった。
1991年、トゥンを銀行破綻が襲った。その結果、多くの人が大切に貯めこんだ預金を失ってしまった。さらに1993年には鉄鋼工場が閉鎖し、400人が職を失った。避暑地で知られる湖の街は、あっという間に壊滅の危機に追い込まれた。
だが、それが“奇跡”のきっかけになった。スイス政府が救済に乗り出し、スイスコムといった優良企業が働く場を提供した。多くのお金がトゥンに流れ込み、停滞していた田舎街は急に活気づき始めた。街は拡大を続け、その勢いに乗る形でFCトゥンは強くなったのである。
残念ながらCLでは、11月2日のアヤックス戦に負けてグループリーグ突破は難しくなった。だが、グループで3位になって、UEFAカップに進む可能性は十分ある。まだまだトゥンの奇跡の続きが見たい。
それにしても、京都という地には“サッカーの神様”でもいるのだろうか。元京都の朴智星がマンチェスターUで輝き、たった1試合しか出場してないレアンドロがトゥンで大活躍しているのだから。