カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
リスボン「静かに語るリーダー候補。」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2006/11/07 00:00
バルサ×チェルシーを見た翌日にどちらに行くか悩みに悩んだ。
中村俊輔と稲本潤一。結局は俊輔のいる「ルス」へと向かった。
決断の理由、それはプロの旅人にとって、非常に重要なことで……
それにしても中村俊輔の声は小さい。彼を取り囲んでいた記者は、僕を含め10人以上いた。聞き取りにくい状況ではあるのだけれど、もうちょっと元気よく話しましょうよ、サービス精神を発揮しましょうよ、俊輔くんと、僕は一言いいたくなる気持ちを抑えるのに必死だった。場所は「ルス」のミックスゾーン。チャンピオンズリーグ第4節、セルティック対ベンフィカの試合後の話である。長いサッカー人生の中でも、そう滅多には経験できないビッグマッチの後なのだから。記者たちも、せっかくポルトガルまでやってきたのだから。
そんなこんなを思っていると、脇にいたあるライターはこう囁いた。「声が小さい選手って、リーダーにはなれないんだよね」。確かに。オシム・ジャパンに招集されれば、現在28歳の彼は明らかに年長者だ。小野伸二や鈴木隆行が選ばれない限り、唯一のチャンピオンズリーガーでもある。リーダーシップを発揮しなければならない立場に身を置くことは確実だ。心配だ。いや、それよりも、彼に対しては不思議さを覚える方が勝る。この手のタイプはいただろうか、これまでに。他の競技でも見かけることができない不思議系アスリート。謎は解けぬままだ。だからつい追いかけてしまうのかもしれないけれど。
中村俊輔のチャンピオンズリーグ観戦は、これが3試合目。ガラタサライの稲本も気になるが、こちらの方は、いまだ叶っていない。第2節のリバプール戦に出かけてみれば、なんと彼は病欠。3節、4節も、旅のスケジュールが組みにくい場所でプレイしている。この日の舞台も、オランダのアイントホーフェンだった。前日、僕がいた場所はもちろんバルセロナ。カンプノウで対チェルシー戦を観戦するのは、チャンピオンズリーグ観戦者のある意味で常道。そのバルセロナからオランダのアイントホーフェンに行くべきか、リスボンへ行くべきか。難しい選択ではあった。
バルセロナ〜アムステルダムのフライトは、日本からKLMオランダ航空を利用すれば、効率的に抑えることができる。片や、バルセロナ〜リスボンは簡単ではない。日本発の航空会社に、この両区間を運行する便はない。イベリア航空や、TAPポルトガル航空を利用すれば、恐ろしく高くつく。旅の手段として賢明ではない。「俊輔」ではなく「稲本」を選択しようかなと、一瞬思った。
しかし、日本と同じように、欧州にもいま小さな格安航空会社は続々と誕生している。easy jet、Air Berlin……。
vuelingもその一つだ。バルセロナを拠点に航空網を張る格安航空会社の存在に、ネットを通して出くわしたというわけだ。バルセロナ〜リスボン間のお値段は50ユーロ。税込みで約7500円はお値打ち。「俊輔」を決定した次第である。
もっとも稲本の様子は「ルス」のオーロラビジョンにハーフタイムに流れたダイジェストシーンで、ちらっとだけ確認することができた。といっても、かなり決定的なシーンだった。ガラタサライの23番が、PSVのコネに、ボールを奪い取られ、ゴールを奪われる様子が、そこに大写しになったのだ。ガラタサライの脱落は決まったが、まだ2試合ある。頑張れ稲本!
その時「ルス」のスタンドで、そう思った日本人ファンは、僕だけではないはずだ。そもそも、vuelingの機内の中で、サッカーファンではないかとおぼしき人に遭遇している。シブい人たちだ。旅行代理店も教えてくれない格安航空会社を使い、リスボンを目指すとは、あっぱれ。元FC東京の監督さんもその一人。そのうえ氏は単身だった。vuelingも自ら見つけ出したのだという。
氏はいわば、日本サッカー界では大物に属する。普通ならば、マネジャーのような、お付きを一人や二人従えていたとしても不思議ない。仰々しい行動を取りがちだ。失礼ながら、もはやプロ監督時代の面影はない。すっかりプロの旅人と化している様子。中田英寿も真っ青だ。聞けば、翌日はヴィーゴに向かうのだという。「なぜヴィーゴ?」。僕の問いは愚問だった。「高原を見るために。セルタ対フランクフルトをバライドスで見るんだよ」。それには僕も気づかなかった。一本取られた気がした。
とはいえ、僕だって負けてはいない。今回の旅は、相当風変わりなのである。2泊5日。月曜日の夜21時55分に成田を発ち、翌日、火曜日の朝4時にパリ到着。6時40分発のバルセロナ行きに乗り換え、8時20分に現地着。その夜、バルサ対チェルシーを観戦し、翌日、水曜日、リスボンへ。そして木曜の朝7時40分発に飛び乗り、パリ経由で成田へ。成田着は金曜日の朝8時半。まさに弾丸ツアーを敢行したわけだ。欧州の一番端のイベリア半島まで。もうへとへとですと、自らを可愛そうがりたいところだが、案外そうでもないところが、僕の凄いところ。これくらいは朝飯前なのだ。皆さんも是非どうぞとさえお勧めしたくなる。賞味3日会社を休めば、チャンピオンズリーグの試合が2試合観戦できる。ホテル代も2泊分で済む。お得でしかも効率的。トライしてみる価値は大ありです。
中村俊輔の次なる試合は、セルティックパークでのマンU戦。見逃すわけにはいきません。たぶん僕は行くつもり。グラスゴーまで。だからもう少し、元気よく、大きな声で喋ってね。