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女子フィギュア表彰台の3つの涙と、
浅田真央が実現したひとつの夢。 

text by

田村明子

田村明子Akiko Tamura

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photograph byKaoru Watanabe/JMPA

posted2010/02/26 20:30

女子フィギュア表彰台の3つの涙と、浅田真央が実現したひとつの夢。<Number Web> photograph by Kaoru Watanabe/JMPA

不敵なほど落ち着いていたキム・ヨナからも涙が溢れた。

 一方優勝したキム・ヨナは、SP、フリー通して、文句のつけようがない完璧な演技だった。男子と女子では演じるエレメントの数も、コンポーネンツの係数も違う。だが彼女が出した228.56という数字はそのハンディを無視した男子並みの数字だ。これが高すぎるという声もあるが、実際のところ、彼女の3ルッツ+3トウループの質は、スピード、高さ、距離などどれをとっても男子に劣らない。これで彼女の演技にもし3アクセルが加わったとしたら、男子と競っても最終グループに食い込むに違いない。

 フリーを滑り終わったとき、彼女がぽろぽろと涙をこぼしたのには驚いた。

 不敵なほど落ち着いて見えた彼女でも、これほど緊張していたのか、と。

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「今までいろんな選手が演技の後に泣いているのを見て、どうやったらそんな気持ちになるのだろうと不思議だった。でも今日は自然に涙が出てしまって、自分でも理由はよくわからない。思った以上に緊張していたのかも」

 韓国の社会からの彼女に対するプレッシャーが、どれほどのものだったのか、私にはわからない。飄々としているように見えた彼女も、多くのものを肩に背負っていたのだろう。それでもSP、フリーを通してノーミスで滑りきった彼女は、やはり只者ではなかったと思う。

世界中がもらい泣きしたジョアニー・ロシェットの演技。

 そして3位に入賞したジョアニー・ロシェット。2月21日早朝、バンクーバーに観戦に来ていた母親が心臓麻痺で急死するという、考えられないような悲劇に見舞われた。

 だがロシェットは棄権することを拒否して、その当日から公式練習にやってきた。そして2日後のSPでは気丈にもノーミスで演技を終えた後、大きな拍手を聞きながらこらえきれなくなったように溢れてきた涙を拭った。

 あの瞬間、会場の観客たち、そしてテレビの視聴者たちの大勢が、一緒にもらい泣きをしたに違いない。

 2日後のフリーはいくつかマイナーなミスがあったものの、踏みとどまって全体をまとめた。総合202.64で3位入賞。1988年カルガリー五輪に2位だった、エリザベス・マンリー以来の女子五輪メダルを、カナダにもたらした。

「SP後、キス&クライではテレビカメラに向かって、フランス語で何かを言っていたようですが」

 フリー後の会見でそう聞かれると、こう答えた。

「私はいつもキス&クライに座ると、まずテレビで見ている両親に「ハーイ、ママ、パパ」と最初にあいさつをしていたの。でももうママにはあいさつができなくなった。だから代わりに、友だちと故郷の人たちに、挨拶をしていたんです」

「我々マスコミの前に出ないという選択もできたはず。なぜ会見に来てくれたのですか」

 別な記者にそう聞かれると、ロシェットはこう答えた。

「ここに来て話をするのは、私にとって大切なことでした。みんなからのサポートが、どれほどありがたいと思っているかをお話するために。母もそんな私のことを誇りに思ってくれたでしょう」

 会見ではロシェットは何度も目のふちを赤くしたけれど、最後まで涙をこらえて微笑みながら話した。これほどの娘を育てた母親は、きっと素晴らしい人だったに違いない。

 3人のメダリストが流した、それぞれの思いを抱えた涙。それはどれも、精一杯のことをやり遂げた者だけが見せることのできる、美しい涙だと思った。

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