カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:バルセロナ「欧州の懐の深さ。」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2006/09/12 00:00
サッカー強国のスペインが日本開催の世界バスケで優勝した。
翌日の現地スポーツ新聞、ありえないページを割いてのバスケ報道を見て、
サッカーだけではないというスポーツ文化の大きさを痛感した。
バルセロナにやってきた。つい20日ほど前に訪れたばかりだというのにである。欧州でいまもっとも強いサッカークラブがあるのだから、当然といえば当然なのだけれど、僕を呼んでいるのは、必ずしもサッカーだけではない気がする。街が僕を呼んでいる。そんな気がしてならないのだ。
たぶんサッカーの神様は、僕の指向性を熟知しているのだろう。バルセロナをチャンピオンズリーグ優勝に導いたのは、これまで以上に僕の足を、この街に運ばせようとする狙いがあったのではないだろうか。
その結果、僕はバルセロナのソーホーと呼ばれる、ボルン地区にたどり着くことができた。サッカーの神に思わず感謝したくなるほどだ。それほど、ボルン地区は素晴らしいのである。洋服屋も、雑貨屋も、カフェもバールもレストランも、石畳の狭い路地も、漂う空気感もすべて大合格。構えた風も、変な高級感もないので、ぶらぶら散歩しているだけで、極上の快適さが味わえるのだ。もし僕が、女性誌の編集者だったら即刻、ボルン特集を組んでいるに違いない。
ずいぶん前に一度、男性誌で紹介されたらしいが、日本での認知度はまだ低いと思わざるを得ない。一日歩き回っても、日本人旅行者に出くわす機会は滅多にない。他の国の観光客は、わんさか駆けつけているというのにだ。つまり僕は、少なくとも日本では、知る人ぞ知る人物。そこがまた何とも言えない快感につながるわけで、雑誌などで紹介などして欲しくない気持ちは強いのだけれど、とはいえ僕はライターというか、格好良く言えばジャーナリストだ。発見を伝えたくなる性分がある。職業柄というより、生来のおしゃべり好きが、そうさせているのだろうけれど、ともあれ、ボルン地区との出会いは、バルサのサッカーを始めて見たときと同じくらい感激的な出来事といっても言い過ぎではない。このコラムでも、ボルン地区のことは何回か前に記しているが、訪れるたびに、新たなお店が出現しているので、発見は絶えない。好奇心はそそられまくりだ。
わかりやすく言えば、裏原宿界隈に似ているのだけれど、決定的な違いは、ガキンチョを見かけることが少ないことだ。支配しているのは大人。良い感じの大人を、数多く見かけることができる。だから、変な騒々しさはない。人は多いのに、落ち着きがある。知的なムードさえ漂う。つまり、僕にぴったしの空間というわけである。
冗談はともかく、本日、あるカフェに入り、ガスパチョをすすりながら、売店で購入した「AS」を眺めてみると……。ちなみに「AS=アス」は、「マルカ」と並ぶスペインの大手スポーツ紙で、サッカーの戦術などにうるさい新聞として知られている。てっきり一面は、本日行われるユーロ2008予選、対リヒテンシュタイン戦のプレビュー記事で飾られているのかと思いきや、それが現れたのはやっと20ページで、19ページ目までをブチ抜いていたのは、バスケットの記事だった。
日本で行われているバスケットの世界選手権で、スペインはアルゼンチンに競り勝ち、見事決勝進出を果たしたのである。前日、さいたまアリーナで行われたその一戦は、もちろん僕もテレビ観戦した。日本で行われている試合を、スペインのテレビでナマで見る奇妙さをたっぷり味わいながら。
アテネ五輪の覇者を1点差で下したのだから、喜びもひとしおだと思うが、だからといってそれに19ページも割こうとは。後で見たマルカ紙もしかりだった。普段「スペイン」にはあまり関心を示さない、バルセロナ系のムンド紙もスポルト紙も、圧倒的なボリュームで紙面を割いていた。
とても健全な気がした。サッカーだけがスポーツじゃない。各スポーツ紙はそう語っているかのようだった。よく考えれば、日頃からそうだ。サッカー以外のスポーツも、スポーツ紙はキチンとカバーしているのだ。そしてこれはスペインに限った話ではない。フランスでもイタリアでもドイツでも、数多くのスポーツをカバーしている。野球とサッカーばっかりの、日本とは決定的に異なるのだ。
僕は欧州のそうしたところが、とても気に入っている。成熟しているのはサッカー文化だけではない。なによりバルサという集団が、率先して多くの競技に門戸を開いている。総合スポーツクラブの形態を取る。バスケット、ハンドボールもある。ラグビー、野球さえもある。
サッカーだけ強化しても、サッカーは強くならない。スポーツ全体をもう少し何とかしないと……とは、欧州を訪れるたびに思うことだが、サッカーの代表戦を20ページ目に持ってくるサッカー強国のスポーツ紙を眺めると、懐の深い欧州の魅力を再確認させられる。つまり僕の心地良さは、ボルン地区の快適さと相まって、いまピークに達しているというわけだ。サッカーは大大大好きなスポーツだけれど、それだけじゃあ、つまんない。バルサのサッカーは、大好きだけれど、バルセロナの魅力は、それだけじゃあ収まらない。