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松中信彦 4番を支えた信頼。 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

PROFILE

posted2006/04/06 00:00

 3月16日。日本代表を乗せたバスの雰囲気は重苦しかった。2次リーグを1勝2敗。日本の準決勝進出はほぼ絶望的だった。ただ、アメリカ対メキシコ戦の行方によってはわずかな可能性が残っていたため、アナハイムから準決勝の地・サンディエゴまでバスで向っていたのだ。

 1時間半の車中、松中信彦はサンダル履きだった。アメリカ戦で受けた左くるぶしへの死球の腫れが引いていなかったからだ。

 アメリカ戦翌日の練習には、バッティングはおろか、姿を見せることもできなかった。骨には異常がなかったが、ドーピングの問題があって痛み止めを飲むことはできず、アイシングで一夜を過ごした。痛みで、ほとんど眠ることはできなかった。

 主砲のいない練習に、王貞治監督へ「メキシコ戦は4番として大丈夫か」という質問が飛んだ。

 「松中をはずすなんて、考えもしなかった。今、言われてそういうこともあるのかと思ったくらいだ」

 大会の始まる前、王監督は「1番イチローと4番松中はよほどのことがない限り、起用し続ける」と公言していた。4番松中についての理由は「私が一番近くにいて、ずっと見てきているし、そういう姿を認めている」からだった。

 メキシコがアメリカを破り、日本の準決勝進出が決まって開かれたミーティングの後、松中は王監督に言った。

 「4番をはずしてもらってもいい」

 監督の答えは「日本の4番はお前しかいない。できることを欲をかかずにやってくれればいい」というものだった。

 2004年、松中はプロ野球史上7人目となる三冠王に輝いた。1986年の落合博満以来、18年ぶり。分業化の進んだ近年のプロ野球では不可能とも言われる中での偉業だった。本来なら、プロ最高のシーズンだったこの年のオフを松中は屈辱の中で過ごした。レギュラー・シーズンを1位で通過しながら、この年から導入されたプレーオフで西武に敗れたのだ。プレーオフの西武戦5試合で、打率1割5厘。松中が短期決戦に弱いといわれるようになったのは、この時からである。

 昨年のプレーオフは同じ映像を見ているかのようだった。打率は6分3厘。王監督は決して松中を4番からはずすことなく、そして昨年もまた、ソフトバンクはプレーオフで敗れたのだ。

 日本代表の4番に考えていたヤンキースの松井秀喜が出場を辞退した時、王監督は言い切った。

 「日本の4番は松中しかいない」

 その判断をいぶかしがる声があがったのは事実である。これまで残してきた実績を見れば、順当ではあるものの、プレーオフの成績が、その最大の理由だった。

 「正直なところ、ここ2年、王監督の信頼を裏切ってきました。結果がでなかった時は、自分だけ辛さを味わえばいいんですが、プロでやっていると家族や両親、関係者、僕のファンの人たちや後援会の人たちまで、周囲から批判を浴びる。そうやって迷惑をかけた人たちから『来年こそは見返しましょう』と言われたのが励みになりました。今年のシーズンより先にあるWBCでまず結果を出さないと、次に進んでいかないという気持ちは強かった。だから、ずっとプレーオフの失敗を払拭したいと思って練習をやって来たし、そのために4番でいたいと思っていた。

 日本の4番というのはなかなかできる経験ではない。それができることは自分の財産になるし、それだけ重圧、プレッシャーもかかってくる。でも、4番じゃないと受けられない重圧だと思って、喜んで飛び込んでいきました。結果を残して、『何で松中を4番にしたんだ』と王監督が批判を浴びないようにやるしかない」

もっともっと追い込んで、王監督に近づきたい。

 松中は今季、例年より早く自主トレをグアムで開始している。グアムに行くようになったのは、秋山幸二(現ソフトバンク二軍監督)に同行させてもらったのがきっかけだった。松中はグアムに行くと、秋山の言葉を思い出す。

 「動けるときにうんと体をいじめておかないとダメ。年がいけば、やりたくてもできなくなる。20代後半から30代前半に体を動かした貯金が、35歳から40歳になったときに生きてくる」

 今年、33歳になる松中とソフトバンクはこのオフ、7年という異例の長期契約を結んだ。松中が判を押した理由は「今までのように、自分を追い込んでいけば、40歳になっても十分にやっていける」と判断したためだ。

 グアムの練習では、WBCのための意識改革を感じさせた。

 「今大会での4番の仕事は1点でも多く点を取るバッティングをすることだと思っています。4番は、初回三者凡退に終わった時、2回は先頭打者になる。投手が調子づく前だし、いかに出塁するか。塁に走者がたまった時には、走者を還すバッティング。4番には両方が求められる。

 そう考えると今大会の僕の役割はホームランを打つことじゃない。今回はスモールベースボールということだし、強豪同士の試合はそんなに点差はつかないはず。取れるときに取っておかないといけない。ライナーとか、しっかりゴロを打てるような、ボールをしっかり捕らえられるバッティングをしないといけないと意識していました」

(以下、Number650号へ)

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