Sports Graphic NumberBACK NUMBER

坂本勇人 「ネオGの肖像」 ~新生巨人、救世主の履歴書~ 

text by

高川武将

高川武将Takeyuki Takagawa

PROFILE

photograph byNaoya Sanuki

posted2009/07/28 11:31

坂本勇人 「ネオGの肖像」 ~新生巨人、救世主の履歴書~<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

高校に進学できない……。天才を襲ったピンチ。

 中学に進学し、伊丹シニアに入った彼はどう変わったのか。坂本の在籍当時はコーチだった田中力監督に聞いた。

「素質はずば抜けてました。右方向に大きな打球をバンバン打っていたし、守備も今と同じように深い位置で守っていた。ただ、練習で手を抜くんです」

 やっぱり!

「凡打しても全力疾走するのが基本なんですが、彼は絶対にやらない(笑)。ベースランニングの練習でも、軽く走る。それでも、他の子よりできてしまう。キツイ練習をさせようとすると、すっと逃げるんです」

 ただ、打撃練習だけは大好きで、毎日、30分は早く来て、黙々とティー打撃をしていた。さらに、少年野球のときと同様、ケガや病気で練習を休んだことは一度もないという。

「ホンマに野球が大好きやったな」

 長年、チームを見ている松本悦男事務局長も感心するほどだった。だから、3年生の夏、進路を決めるに当たって一つの問題が持ち上がったとき、首脳陣は驚いた。2年生で関西選抜にも選ばれていた坂本には、地元兵庫の複数の強豪校から誘いの声が掛かっていた。ところが、中学校側が推薦状を出せないというのである。この頃、坂本は友人に「俺は勉強は無理やから野球だけやっていく」と漏らしている。だが、それにしても……。

「学校ではヤンチャしてたんでしょう。ただグラウンドでは、仲間思いのええ子やったからねぇ……」

 天才に訪れたピンチであった。しかし、運命は、本人の与(あずか)り知らぬところで、勝手に動いていく。

(続きは Number733号 で)

坂本勇人
1988年12月14日、兵庫県生まれ。光星学院から、'07年にドラフト1巡目で入団。'08年開幕スタメンを勝ち取ると、全155試合に先発出場し、リーグ優勝に貢献。今季安打数は両リーグ最速で100本に到達し、サヨナラ本塁打も2本。2年連続で球宴に選出された。愛車は黒のGT‐R

[創立75周年記念特集]ジャイアンツ 「常勝帝国の新次元」
コメントする・見る

関連コラム

BACK 1 2 3

この記事にコメントする

利用規約を遵守の上、ご投稿ください。

田中将大
坂本勇人
読売ジャイアンツ

プロ野球の前後のコラム

ページトップ