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ホスト国、快勝。道は2010年へ続く。
text by
浅田真樹Masaki Asada
posted2006/07/24 00:00
キックオフの3時間前、シュツットガルト中央駅に降り立った瞬間から、何かが違った。人がいなくなったわけではない。歌声が聞こえなくなったわけでもない。だが、これまでと同じ空気を、もう感じることはできなかった。わずか4日前、準決勝のドルトムントで感じた、むせるような熱気が嘘のようだった。
レーマンに代わってカーンが先発すること。負傷を抱えるバラックは出場しないこと。いくつかの消極的な情報が事前に報道されていた。少なくともドイツに、石にかじりついてでも3位を死守する、という覚悟はうかがえない。そこには、これまでにはなかった緩みがある。当然、その雰囲気が地元サポーターに伝わっていても不思議ではない。
スタジアムに着いても、その印象が変わることはなかった。戦いは終わった。あとは残された1試合を存分に楽しもう。すでに、どこか満たされたムードが漂っていた。
ところが、そんな浮ついた雰囲気とは裏腹に、ドイツの試合運びはあまりにも堅かった。いや、それは堅い、というよりも、重かったというほうが適切なのかもしれない。
ホスト国という立場にありながら、不安ばかりがささやかれた大会前。そこから、試合を重ねるごとにチームとしてのまとまりを得て、ベスト4までたどり着いた。地元サポーターの予想をも上回る快進撃だった。
だが、準決勝に敗れ、緊張の糸が切れたことで、地元開催の重圧に耐えながら、どうにか体内に押しとどめていた疲労が、ここに来て一気にあふれ出たのだろう。いい形でボールを奪っても、攻撃に出ていくのは3、4人。加えて、バラック、ボロウスキを欠いたこともあって、シュートチャンスまで至らない。ボランチがケールとフリンクスでは、こと攻撃に関しては、如何せん力不足だった。
結果から言えば、後半にドイツが3点を奪い、勝利するわけだが、この日のドイツは、終始攻撃への推進力を失っていた。
56分の先制点の場面にしてもそうだ。勢い込んでシュナイダーがボールを持ち上がっても、周りの反応は鈍い。ケールが仕方なくパスを受け取ると、シュバインシュタイガーはまるではるか後方に待機していたサイドバックのごとく、左サイドを遅れて上がってきたのである。お世辞にも、勢いがある、とは言い難い展開だった。
だが、ここから、こう着状態で起こりがちな一発の怖さが出る。シュバインシュタイガーが中央にボールを持ち出し、右足を振り抜くと、強烈な無回転シュートがリカルドの手をかすめて、ゴールネットに突き刺さった。
この大会、同年代のポドルスキやラームが名を上げたのとは対照的に、いわば世代交代の旗手であったはずのシュバインシュタイガーは、その影を薄くしていた。ついには、大事な準決勝でスタメン落ち。そんな鬱憤を、最後の試合でまとめて晴らしたわけである。
60分には、左サイドから思い切りよくFKをゴール前に蹴り込むと、それがペチートの足に当たり、オウンゴール。さらに78分には、1点目と同様に左サイドから中央に持ち出し、ミドルシュートで3点目。
「遠めからのシュートが決め手となった。残念だが、ポルトガルにはそれがなかった」
敵将スコラーリを嘆かせるシュバインシュタイガーの鮮やかな3連発で、決定機の少ない重苦しい試合は、瞬く間に3点差となった。
こうなれば、もうドイツは無理をする必要がない。幸いにして、動きの重さは、自陣で守備を固めることにつながっていた。ショートパスに大きなサイドチェンジをまじえながら、スキをうかがうポルトガルに対しても、2トップを前線に残し、8人で築く守備ブロックは、まったく危なげがなかった。最後は、この大会で出番のなかったフィールドプレーヤー全員を、出場させる余裕まで見せた。
その一方で、プレーの内容とは無関係に、ポルトガルは完全に引き立て役に回らされた。大会を通じての活躍ぶりを考えれば、最後はあまりに割りの合わない役回りだった。
4年前、腰高な攻撃志向のチームは、優勝候補とまで言われながら、グループリーグ敗退。今回もフィーゴ、デコ、C・ロナウドと、攻撃陣に知名度の高い選手を揃えてはいたが、しかし、その実態は安定した守備を備えた堅実なチームだった。その結果が、一転、40年ぶりのベスト4進出として表れた。
ただ、中盤を中心に豊富な手駒を揃えていた一方で、唯一手薄だったのがセンターフォワード。力強さに欠けるパウレタに、それでも頼らざるをえない弱さを、終盤になって露呈することとなった。結局、準々決勝以降、ノーゴールの時間が長らく続いていた。
それだけに、フィーゴのピンポイントクロスから生まれたヌーノ・ゴメスのゴールは、まさに意地の一発だった。と同時に、この大会を盛り上げたポルトガルの締めくくりにふさわしい、芸術的なゴールでもあった。
優勝を除けば、唯一勝って終われる3位という結末は、ホスト国にとって大団円。試合前から感じていた浮ついた雰囲気は、表彰式とともに、最高潮に達した。とはいえ、それは結果に対する満足感だけが理由ではない。
今大会のドイツは、クリンスマンが思い切って若い選手を登用し、また、その選手たちが期待に応える活躍を見せた。久しく世代交代に苦しめられてきた伝統国には、そこに明るい道筋が示されたことが、何よりの成果だったのかもしれない。スタンドのあちこちにある横断幕には、すでに“2010”の文字も見える。言うまでもなく、4年後は頂点に、というサポーターからのエールである。
「僕らはまだ若いチーム。もっと成長できるし、成長していかなくちゃならないんだ」
この日の主役、シュバインシュタイガーの言葉は、ドイツ国中で声援を送り続けたサポーターにとって、3位という結果以上に力強いものだったに違いない。