Jをめぐる冒険BACK NUMBER
オシム通訳・千田善はなぜ一度だけ勝手に言葉を変えたのか? 数日後に気づいた“とんでもないミス”「オシムさんが本当に言いたかったのは…」
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph byToshiya Kondo
posted2022/11/20 11:02
イビチャ・オシムのそばでたくさんの言葉を聞き、選手たちに伝え続けた千田善氏
初陣となったトリニダード・トバゴ戦は、三都主の2ゴールで2-0と快勝した。国立競技場には4万7482人の観衆が詰めかけていた。約1カ月前のドイツW杯で日本代表は大惨敗を喫し、期待を大きく裏切ったにもかかわらず。
その試合後の会見でのことだ。千田は一生忘れることのできない、重大なミスを犯した。
誤訳である。
しかも、それは意図的に行われたものだった。
試合を振り返るオシムの言葉を、千田はこう訳した。
「6日間のトレーニング期間があったなら6-0で勝てたと思うか。それはやはり難しいだろう。そんなに簡単なことではない。ただし、嬉しい誤算があった。日本のみなさんは本当にサッカーが好きなんだなということを、スタジアムが満員になったのを見て実感した」
しかし、オシムは「そんなに簡単なことではない」と言ったあと、実際には、こう語っていたのだ。
「ただし、嬉しい誤算があった。スタジアムが満員になったことだ。日本のみなさんは日本代表のことを許してくれたんだろうか」
千田はジーコジャパンの批判に受け取られてしまうのではないかと感じ、咄嗟の判断であえて誤訳した。だが、それから2、3日、オシムの言葉を咀嚼して、自分がとんでもないミスを犯したことに気がついた。
「あのとき、一般のサッカーファンのような気持ちで『それはジーコジャパンのことを悪く言い過ぎじゃない?』と思ってしまったんですね。ジーコジャパンは歴代最強と言われていたけど、ドイツW杯で惨敗して、日本のサッカーファンはショックを受けていた――そうした状況をオシムさんはよく分かっていたと思うんです。
そこでオシムさんは、日本代表は捨てたもんじゃないですよ、もっと自信を持っていい。でも、皆さんの後押しが必要なんです。日本代表をよろしく。これからもサポートしてください……ということを言いたかったんだと。それなのに『みなさん、サッカーがお好きなんですね』という陳腐な意訳をしてしまった。会見の言葉を勝手に変えたのは、あれが最初で最後です」