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海外移籍か、国内残留か。
大迫と齋藤の対照的な決断。
~半年後のW杯本大会を見据えて~ 

text by

二宮寿朗

二宮寿朗Toshio Ninomiya

PROFILE

photograph byAFLO

posted2014/01/20 06:15

大迫(左)、齋藤ともに2013年7月の東アジア杯で日本代表デビュー。

大迫(左)、齋藤ともに2013年7月の東アジア杯で日本代表デビュー。

 今冬、ザックジャパンのメンバーでもあるJリーガー2人の去就に高い関心が集まっていた。

 1人は鹿島アントラーズの“ハンパないストライカー”大迫勇也で、もう1人は横浜F・マリノスの21年ぶりとなる天皇杯優勝に貢献した“ハマのメッシ”こと齋藤学である。

 いずれもドイツのクラブから移籍のオファーが届いたが、前者は2部1860ミュンヘンへの完全移籍を決め、後者は1部ヴォルフスブルクに断りを入れてマリノスに残った。対照的な決断だった。

 なぜ「国内組」の海外移籍が注目されるのかというと、半年後にブラジルW杯を控えているからだ。

 欧州内移籍ならよくある話。W杯まで残り半年というタイミングでACミランに移籍した本田圭佑は、4年前もVVVフェンロからCSKAモスクワに移籍している。新天地で欧州CLを戦うなどして成長を遂げ、本大会での勢いにつなげた成功体験が彼にはある。

日本から欧州への移籍は、リスクが大きく見えるが……。

 しかし日本から欧州への移籍となると、W杯を考えればリスクの度合いが少々違ってくる。欧州のシーズン途中から新しいチームに加入する難しさに直面しながら環境に慣れて、なおかつポジションを奪わなければならない。“助っ人”だけに結果を出せなければ、出場機会だって減ってくる。半年というリミットのなかで答えを出していかないと、W杯に影響を及ぼしてくることになる。

 実際、南アフリカW杯の半年前に日本から欧州に渡った代表メンバーはいない。内田篤人にしても川島永嗣にしても、大会後の移籍であった。逆に欧州のチームで出場機会に恵まれていなかった中村俊輔、稲本潤一が日本に復帰した時期でもある。ピッチに立たなければ、当然ながらコンディションの問題も出てくる。各々、W杯を重視しながらプレー先を慎重に選んでいた印象がある。

 では、なぜ大迫は高いリスクを背負ってまで、このタイミングでドイツに渡らなければならなかったのか。

 彼は以前、このように話していた。

<次ページへ続く>

【次ページ】 ドイツで点を取れなければ、本大会での活躍もない。

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