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「不動裕理という壁が常に…」宮里藍が浜ちゃんに明かした“カッチーン事件”の真相とアメリカでの恐怖「完璧主義で、戦い抜いたのはすごいな」《浜田雅功の対談連載》

2026/06/07
ゴルフを愛する浜田が第2回の対談相手に迎えたのは、10代の頃から注目を浴びてきた日本女子ゴルフ界の先駆者だ。世界で戦う恐怖との向き合い方から互いの子育てまで語り合った。(原題:[浜田雅功 Next Step]新連載第2回 GUEST:宮里藍「完璧主義で、戦い抜いたのはすごいな」)

浜田 会うのはほんまに久しぶりですね。

宮里 20年ぶりくらいですね。

浜田 あのときは、おいくつ?

宮里 まだ二十歳前後でした。

――20年ぶりに再会して、還暦も過ぎた浜田さんの印象はいかがですか。

宮里 20年前と全然お変わりなくて。写真撮影のときに思ったんですけど、浜田さん、いい匂いがします(笑)。

浜田 なんでやねん。藍ちゃんは高校3年のときにプロツアーで初優勝してプロ転向。あの活躍で周りの反応も変わったでしょ。

宮里 クラスメイトとか、みんな驚いてくれました。野球部員に「宮里、お前すげえな」とか言われたり。

浜田 史上初の高校生プロですからね。すごいよ。しかも、プロ1年目で獲得賞金1億円突破。このときは、賞金を足したらいくらになるとか計算してましたか。

宮里 いやいや、全然してなかったです。

浜田 ごめんなさい。関西人の悪いところが出ました(笑)。

Takuya Sugiyama
Takuya Sugiyama

宮里 この頃は、「不動裕理」という壁が常に立ち塞がる時代でした。私がどんなに頑張っても、賞金ランク2位って感覚で。

浜田 めっちゃ強かったですもんね。

宮里 リーダーボードに不動さんの名前が載ってくると、みんながプレッシャーを感じて崩れてしまう。

浜田 メンタルも強いんやろうね。

宮里 しかも、ツアー中でもめっちゃ練習されるんです。1位の不動さんが練習しているのに、自分が帰るわけにはいかない。だから、不動さんより5分でも長く練習して、絶対に後から帰るようにしていました。

――プロ2年目の2005年も、5月に2勝。ところが6月の試合後、沖縄で父・優さんとの間で、事件があったそうですね。

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photograph by Takuya Sugiyama

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