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甲子園が泣いた日 〜2023年9月14日「栄光の架橋」が響き、横田慎太郎の「24」が宙に舞った〜《阪神タイガース特別ノンフィクション》

2025/11/12
2016年のオープン戦での横田。“チームの愛されキャラ”として慕われた
タイガースの史上最速優勝に沸いた今シーズン。その2年前、聖地はやはり、リーグ制覇の歓喜と涙に包まれていた。だが、理由は18年ぶりの優勝のためばかりではなかった。古参ファンをして、'85年の優勝時を超える感動があったと言わしめた一幕の裏にあった物語とは――。(原題:[ナンバーノンフィクション]甲子園が泣いた日)

 9月7日、阪神タイガースは甲子園球場での対広島戦に勝利し、セ・リーグ優勝を決めた。2-0とリードした9回表、クローザー岩崎優(いわざきすぐる)がマウンドに向かった。場内に流れたのは岩崎の登場曲ではなく、往時、「火の玉ストレート」によって絶対的抑えとして君臨した藤川球児(現監督)の登場曲「every little thing every precious thing」だった。

 岩崎がこの曲を選んで指定したのには理由がある。

 2013年秋、岩崎はタイガースにドラフト6位で指名され、入団する。スピード、コントロールとも「見栄えはしなかった」が、球持ちのいいフォームから低めに伸びのある球を投げる。3年間、先発陣の一角を担い、その後、リリーフへ転向する。この時期、タイガースに復帰してきた藤川と出会う。藤川はメジャー、四国アイランドリーグを経ての“出戻り”だった。

 キャンプ地やブルペンで、繰り返し、準備、配球、勝負球……リリーフ投手の要諦を教えてくれたのが藤川だった。

 3度は優勝したいと思ってプロ入りしましたが、22年間やって2度でした。3度目は後輩たちがやってくれるでしょう――。引退時の記者会見で、藤川が記者団に語った発言が耳に残っていた。恩返しの気持を込めて、岩崎は“藤川曲”を選択したのである。

 この日からいえば2年前、2023年9月14日、甲子園でセ・リーグ優勝を決めた対巨人戦の9回表、岩崎は同じように自身以外の登場曲でマウンドに上がった。入団同期生で、この年の夏、28歳の若さで病死した横田慎太郎が好んだ曲、ゆずの「栄光の架橋(かけはし)」(作詞・作曲:北川悠仁)を指定し、登場曲として流してもらったのである。

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photograph by Hideki Sugiyama

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