藤井聡太に敗れて名人位を失ったのは昨年の6月1日のこと。19年ぶりに無冠となった渡辺明九段は、その日の夜遅く、Twitter(現・X)でファンへの感謝と失冠の心境を綴っていた。「主催新聞社の取材を断ってしまったので、なにかコメントを出さなきゃまずいかなと思ったんです。自分で書くのが、一番間違いがないですから」と、いかにも渡辺らしい対応。必要と判断した軌道修正をためらいなくサッとできるのが大きな強みの一つだ。
そして渡辺が、1年の雌伏を経てタイトル戦の舞台に戻ってくる。7月6、7日、愛知県名古屋市の徳川園での開幕局から始まる、第65期王位戦七番勝負だ。
「挑戦を決めたその日から、藤井さんが視界に戻ってきた」
王位戦は、タイトル戦登場44回、獲得31期を誇る渡辺をして「キャリアにおける心残り」だったという、これまで出場を果たせていなかった棋戦。2007年、第48期に挑戦者決定戦まで進出したものの深浦康市に敗れ、'12年の第53期でも挑戦者決定戦で藤井猛に阻まれた。
まだ歴史が浅い叡王戦を除く旧七大タイトル戦に全て登場しているのは谷川浩司、羽生善治、佐藤康光、藤井聡太(唯一、叡王戦にも登場)の4棋士のみだった。渡辺の王位戦登場は、史上5人目という快挙も含んでいるのだ。
しかし、待ち受けているのは叡王こそ失ったが、残る7冠を保持する現役最強棋士、藤井だ。昨年10月にインタビューしたときに、「僕の視界から藤井聡太さんは一旦消えました。自分でタイトルを持っていたときは、挑戦者の最有力候補として常に意識する存在でしたが、いまとなっては、こちらが何かの棋戦で挑戦者にならない限りは彼との対戦はないわけですから」と自嘲気味にもらしていたのが渡辺だが、いまの気持ちはどうなのか。
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