大観衆の京都競馬場で見た光景が、ひとりのサッカー少年の運命を変えた。憧れの騎手としてキャリアを積み上げた31歳が、同厩の愛馬とともに、あの日見ていた夢の舞台で初のGI勝利を懸けた戦いに挑む。(原題:[天皇賞・春プレビュー]菱田裕二、念じ続けた20年)
11歳で夢が決まるも、両親には言い出せず。
ピッチからターフへ。
今も変わらぬ真ん丸な瞳の少年が描いた未来予想図は、同じグリーンで目まぐるしく塗り替えられた。菱田裕二、当時11歳。
「あの日に僕の夢は確定したと思います」
騎手人生のゲートが開いたのは、2004年5月2日の京都競馬場。メインレースは第129回の天皇賞だった。10番人気イングランディーレの逃げ切りにどよめいた10万人近い大観衆の中に、彼はいた。
場内の公園「緑の広場」は、菱田家において「裕二が初めて歩いた場所」とされている。実家と同じ伏見区。それでも物心がついてからは訪れたことがなかった。
芝生の上で追っていたのは、馬ではなくサッカーボールだった。9歳から京都パープルサンガのジュニアチームに所属。もちろんJリーガーを志していたが……。
「本当にもう『体に衝撃が走る』っていうんですかね。正確に言うと、イングランディーレのレースはちゃんと見られてないんです。初めて見たのはパドックでジョッキーが跨がる瞬間ですね。あの雰囲気とか、すべてに、すごく感動しました」
そんな思いは家族に言い出せなかった。
「両親がまったくギャンブルをしなかったですし、ギャンブル的なことを嫌いって知っていたので」
小さな胸に閉じ込めた憧れは膨らむばかり。ひとりぼっちで夢を追いかけた。
サッカーの練習日に、用具を抱えて家を出る。電車とバスを乗り継ぎ、向かう先は乗馬クラブだ。もちろん会員ではない。施設の外から、ただただ馬を見るだけの数時間。練習の終了時刻を見計らい帰宅した。
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photograph by Kiichi Matsumoto