偉業として現在も語り継がれるトウカイテイオー&マヤノトップガンの有馬記念勝利。前例にとらわれない柔軟な発想はどのように培われたのか。解説者として本格復帰したレジェンドジョッキーがその神髄を披瀝する。
約束の時間より早く、田原成貴は現れた。
マスクをし、横断歩道の向こう側にいても、すぐにわかった。騎手時代「競馬界の玉三郎」と呼ばれた端正な顔だちと、スリムな体型。とても63歳には見えない。
競馬界を去ったあと、2003年の秋に筆者が聞き手となって本誌でインタビューをした。19年前のことだ。その後も時折会ってはいたのだが、「取材」という形で顔を合わせるのはそれ以来となる――。
騎手としてJRA通算1112勝。うちGI級は15勝。「常識を疑え」という今回のテーマに、先行して良績を残した馬で追い込むなど「破常識」な騎乗で大舞台を制してきたこの人ほどの適任はいないだろう。
騎手・田原成貴の常識を超えた一戦としてまず思い出されるのは、1年ぶりの実戦となったトウカイテイオーを勝利に導いた'93年の有馬記念だ。
トウカイテイオーは、安田隆行の手綱で無敗のまま'91年の皐月賞と日本ダービーを優勝。骨折による長期休養を経て、翌'92年、岡部幸雄を背に復帰する。天皇賞・春は5着、再度の骨折・休養を経て臨んだ天皇賞・秋は7着に沈むも、次走のジャパンカップを完勝。有馬記念に向かうことになったのだが、有馬記念前週の土曜日に岡部が騎乗停止になり、田原に騎乗依頼が来た。
「混乱を避けるため、岡部さんが騎乗停止になったその日のうちに騎手を決めるよう、JRAが陣営に要請したんです。ぼくは最終レースのあと阪神競馬場の調整ルームにいて、そこに松元(省一)先生から騎乗依頼の電話がかかって来ました」
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photograph by Naohiro Kurashina