誰よりも息子のことを知る親だからこそ。(初出:Number875号トップアスリートの育て方(下))
アマチュア時代から卓越した技で高く評価され、昨年末には21歳の若さで2階級王者となった井上尚弥。日本が誇る“怪物”を育て上げたのは父・真吾(43)と母・美穂(43)の一分の隙もないほどのタッグ力である。尚弥が胸を張って言う。
「試合中は自分の意思が3割、父の指示が7割で闘っている」
ボクシングだけでなくほとんどのスポーツは、自分の頭脳を使って判断しなければ頂点には辿りつけない。だが尚弥は、父の存在を明確に口にする。そこに、選手とトレーナー、あるいは父と息子の関係を超え、一心同体になった姿を見ることが出来る。真吾と尚弥の関係だけでなく、家族5人の絆は、一朝一夕に築かれたものではなく、日々の語らいの時間が何層にも積み上げられ、堅牢な岩盤となったのだ。
世界王者の尚弥に“父の指示が7割”と言われた真吾は、遠くを見やるように語る。
「子供の頃から一緒に積み上げてきたものだし、ステップの踏み方、あるいはフックの角度一つとっても、すべて語り合いながら作ってきました。リングの上でも尚弥の意思と自分の考えに違いはないと思います」
「明成塗装」を立ち上げ、職人たちと現場で働きながらボクシングジムに通っていたとき、小学1年の尚弥に「僕にもボクシングを教えて」と言われた。その責任感も手伝い、ますますボクシングにのめり込んだ。基本を何より大事にした上で、技術の習得は「WOWOW」で放送される世界戦を参考にした。ヒントになるような闘い方を見つけるとまず自分で試し、いいと思った技は尚弥に伝授。こうして真吾が独学で積み上げた技は300ほどあるという。
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photograph by Hiroaki Yamaguchi