あの感覚はなんだろう。
安心。そいつに近い。
背番号1でも17でも。引き締まって細身に映る桜のプロップがそこにいると緊迫の試合に胸の支えができる。
この人がいれば勝てる。それとは違う。ラグビーはそんなに優しくない。
この人がいれば崩れない。こっちだ。
稲垣啓太がいつものように考え抜き、されど、ちっとも考えていないかのように動き回り、痛覚をひとときなきものとして、つらい仕事を引き受ける。
それでジャパンの誇りは保たれる。
劣勢もある。敗北もある。ワールドカップ開幕を控えた連戦ももっぱら黒星が肩を並べた。
新潟に生まれた33歳、素敵なスマイルを封ずるともなく封ずる男は、だが、いつ、いかなる状況にも下を向かない。
8月5日。秩父宮ラグビー場。フィジーに12-35で敗れた。終了後の取材スペースである取材者が質問した。選手のメンタルが落ちないかと少し不安になるのですが。
即答。
「落ちてる時間はないですよ」
そして付け加えた。
「もちろん結果は受けとめなくてはならない。でも、ここで落ち込んだら、いままで自分たちのやってきたことを否定するようなものなので」
7月15日の対オールブラックスXVからジャパンの左プロップにそのつど録音機を突き出した。声の底に常に流れるのは「信」の一字とわかる。
「技術的な部分と身体的な部分は日本でつくりあげた。あとはフィールドでどう出すことができるのか」「緊張もみんなあるでしょう。プレッシャーもある。そういったものをすべて受け入れて、その上でやってきたことを信じる。そこが最後の準備」(8月18日。都内ホテルでの囲み取材)
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