河村勇輝はいつもどおり礼儀正しい振る舞いでインタビューの席についた。
その顔を見て思わず「眠いですか?」と尋ねると「そうですね……」と力なく笑った。
何せ、時の人だ。FIBAバスケットボールワールドカップ2023における日本代表の大躍進に貢献し、大会のアシストランキングの3位に入り、オールスターに出場したNBAプレーヤーから名指しで称賛された若きスターだ。沖縄から関東に戻り10日ほどが経っていたが、取材や撮影やワークアウトなどで息をつく間もない日々を過ごしていた。
大学1年次から特別指定選手として2季プレーした河村は、昨シーズン、満を持して横浜ビー・コルセアーズの正式メンバーとしてフルシーズンを戦った。
開幕前のインタビューで、「分類上はルーキーだけど経験のある選手の1人としてプレーしたい」と話していたとおり、開幕戦からスタメンの司令塔として30分近くプレーし、シーズンを通して高パフォーマンスを発揮。若きエースとして初の天皇杯ベスト4、初の勝率5割超え、初出場のチャンピオンシップでセミファイナル進出といった快挙の原動力となった。
ネクストレベルに行くには僕の今の力じゃ足りなかった
三遠ネオフェニックスの特別指定選手だった18歳のころから毎年のように掲げていた「チームを勝たせるガードになりたい」という目標にも、ようやく手応えを得られた。
「もちろん自分だけで勝ったわけではないですけど、スターターとして平均30分弱試合に出て勝つことができたので、少しは貢献できたという自負はあります。でも、ネクストレベルに行くには僕の今の力じゃ足りなかったというのが昨シーズンの結果です」
河村のコメントには、いいことを話した後にもこのように必ず反省がくっついてくる。
彼の言う「力不足」には、コンディション管理も含まれる。シーズン終盤の4月に右太ももを痛め、7試合を欠場。CSはチームドクターから「足に負担がかかるプレーは厳禁」と言い含められ、3~4割程度でしかプレーできなかったと振り返る。
「もちろん悔しかったですね。怪我をする前に、リカバリーだったりトレーニングだったりもっとやれたことがあったんじゃないかと思いました。CS進出が決まる、決まらないという大事な終盤にコートにいられないことに対しての申し訳なさもありました」
この怪我は河村のキャリアにおいて初めての大きな怪我だった。「悔しい」や「申し訳ない」よりも先に出てきてしかるべき感情がないだろうか。例えば、大事なときになぜ……といった落胆や、これから先どうなるんだろうという不安。そう尋ねると、河村は心底意外そうな顔をした。
「情けないなっていう気持ちのほうが強くて」
「落ち込む……落ち込むことはなかったですね。『悔しい』=『落ち込む』だったら落ち込んでいたのかもしれないですけど、それよりも情けないなっていう気持ちのほうが強くて。不安もないです。メディカルスタッフの方々と話をして、自分が今やるべきことを考えながらやれていたので。もちろんコートに早く立ちたいという気持ちはあったんですけど、怪我をしたときからかなり切り替えられていたし『これを乗り越えられればさらに強くなれるだろうな。いいチャンスだな』っていうとらえ方をしていましたね」
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