日本男子バスケットボールの歴史を語るうえで、ターニングポイントになっているのが、1998年と2006年の世界選手権だ。
当時『世界選手権』の名で開催されていた4年に一度の世界一決定戦は、'14年から名称が変更されて現在の『ワールドカップ』へと生まれ変わっている。日本では'98年は31年ぶりに自力で出場権をつかみ、'06年はホスト国として臨んだ大会として、記憶に刻まれている。
大きな括りでいえば、'98年も'06年も今も世界の中での立ち位置は変わらないかもしれない。しかし取り巻く環境面でいえば、この二十数年の間にプロリーグが立ち上がり、育成年代から世界大会を経験する選手が増え、進路の選択肢が海外に及んでいる。何より田臥勇太、渡邊雄太、八村塁、3人のNBA選手が誕生し、子どもたちにとって夢が広がるバスケ界へと成長している。こうして環境面が大きく変わってきた背景には、「日本のバスケットボールを変えたい」と訴えかけ、もがき続けた男たちがいたことを忘れてはならない。
折茂武彦、佐古賢一、網野友雄。彼らは現在、バスケ界を支えるポジションで奮闘している。折茂はレバンガ北海道の社長として奔走し、佐古は今季から古巣のシーホース三河に戻り、2026年に発足するBプレミア(新B1リーグ)に向けてクラブを統括するシニアプロデューサー職に就任した。網野は白鷗大学とU22日本代表を率いる監督として、若手の育成に尽力している。彼ら3人は、日本のバスケを変える方法さえわからなかった不遇の時代に「日本代表が勝つことで日本のバスケは変わる」と信じ、誰よりも日の丸に誇りを持って戦い続けてきた代表格である。
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