#1073
巻頭特集

記事を
ブックマークする

「エフフォーリアとの涙を糧に、悔いを力に」横山武史がソールオリエンスと挑む境地【本命騎手インタビュー】

2023/05/18
想像もしていなかった苦難の1年の果てに最良のパートナーは、ターフを去った。だが同時に、試行錯誤の日々で成長した若武者は、ふたたび巡り合った才能と共に、あの“10cm”を乗り越えようとしている。

 4月16日、中山競馬場。前日までの降雨に加えて、当日も昼すぎから強い雨が降ったことで、第83回皐月賞は50年ぶりに重馬場での開催となった。ちなみに50年前というと1973年。ハイセイコーが無傷の9連勝を達成した伝説の皐月賞で、その1週前には横山武史の祖父・富雄が乗ったニットウチドリが桜花賞を勝っている。当時、父の典弘はまだ5歳。もちろん武史は生まれていない。騎乗したすべてのジョッキーにとって、そして外から見守った多くのファンや関係者にとっても未知のシチュエーションで、今年の皐月賞は行われた。

 2戦2勝というキャリアの浅さに加えて、GIII京成杯の勝ち馬が20年以上、皐月賞で連対すらしていないというデータもあり、最終的にソールオリエンスへの支持は2番人気にとどまった。しかし当の鞍上である武史は、確かな手応えをつかんでゲートが開くのを待ったという。

「京成杯では4コーナーで左にモタれて他馬に迷惑をかけてしまい申し訳なかったですが、それでも最後は一気に突き抜けて2馬身半差。強い勝ち方でしたし、ポテンシャルの高さは相当だと思いましたね。当該週の追い切りも抜群に良くて、レース当日の返し馬も文句なしの雰囲気でした。すごく落ち着きがありましたし、柔軟性もあって体の使い方も良かったですから。間違いなく能力を出し切れるコンディションだと思いました」

Kiichi Matsumoto
Kiichi Matsumoto

 ただし重馬場への適性については不安もあったと明かす。

「キタサンブラックがお父さんで、母父がモティベーター。その父がモンジューですから血統的にはこなしてくれると思いました。ただ血統通りにいかないのも競馬ですから半信半疑でしたね。結果的にはこなしてくれたので良かったですけど……」

会員になると続きをお読みいただけます。
オリジナル動画も見放題、
会員サービスの詳細はこちら
特製トートバッグ付き!

「雑誌プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています

photograph by Kiichi Matsumoto
次記事