それは紛れもなく偉業だった。
12月13日、井上尚弥はイギリスのWBO王者、ポール・バトラーに何もさせず、格の違いを見せつけた。アジア人初、バンタム級史上初の4団体統一である。東京・有明アリーナを埋め尽くした1万5000人は歴史の目撃者になれたことを誇らしく思った。
あの興奮からおよそ2週間後、閑静なホテルの一室で井上に話を聞く機会を得た。4団体統一王者はいつにも増して落ち着いていた。現在の心境を問うと、少し戸惑ったように、意外な言葉を口にした。
「今回は4団体統一という節目の試合で、関係者やファンの方々から見たら偉業なのかもしれません。ただ、自分の中ではそこまで“やり遂げた”という感覚ではないんです。だから余韻に浸ることもない。ほっとひと息つくという感じでもない。いつも通り1週間くらい何もせずに休んで、もうロードワークを始めています」
自らのパフォーマンスに納得できなかった、あるいは試合の中身に何か不満が残ったということだろうか。
「あれが早いラウンドのKO勝ちだったとしても気持ちは変わらないと思います。自分の中では勝って当たり前の試合でしたから。だから、たぶんこれからあの試合を振り返ることもない。会長から次の試合の見通しもだいたい聞いているので、自分としては立ち止まっている暇はなく、次に向けて、という心境なんです」
井上が口にする「次」とはかねて公言しているスーパーバンタム級進出である。階級を上げるという作業はあらゆる階級制スポーツで困難を伴うことはよく知られている。井上は今、未知なる世界へのチャレンジで頭の中がいっぱいなのだ。バンタム級4団体統一は数年来の目標だったとはいえ、終わってみれば通過点だったということだろう。
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