因縁の宿敵を最高の舞台で捻じ伏せて手にした栄光は、常に支えてくれる家族への代えがたい贈り物でもあった。
お前は本当に強いのかと、試されているような試合だった。
阿部詩が決勝の畳で向かい合ったのは、フランスのブシャールだった。高校1年生での国際大会デビューから外国人選手を相手に破竹の48連勝を続けていた詩が初めて敗れた相手だった。
「彼女はライバルであり、私の尊敬する選手です。肩車で一度負けているので、それを注意しながら、自分の柔道をしようと考えていました」
オリンピック出場権をかけた2019年のグランドスラム大阪大会決勝での苦い記憶は胸に刻まれていた。ゴールデンスコアの延長戦に入ってから肩車で投げられた。敗れた詩は人目もはばからず泣きじゃくった。自分の中に弱さを見つけてしまったことに対する涙だったという。
金メダルをかけた因縁の対決が始まった。無観客の日本武道館は固唾を飲むように静まり返っていた。詩は序盤から押された。パワーにまかせて奥襟をつかみ、肩車を狙ってくるブシャールの猛攻を紙一重でかわす展開が続いた。序盤にはメンタルゲームに影響を及ぼす指導を先にもらってしまった。相手のペースのまま、あの日と同じゴールデンスコアにもつれ込んだ。
だがこの日の詩は揺れなかった。相手の狙いを見透かしたように肩車をかわし続けると狙っていた一瞬をものにした。延長4分過ぎ、技の掛け終わりに相手が見せたわずかな隙を見逃さなかった。前襟をつかんだまま、崩れけさ固めに入った。オリンピックが1年延期となった間に積み上げた寝技だった。
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photograph by KYODO