ジャイアンツ生え抜きのスターが、31歳の若さで達成した大記録。その瞬間を東京ドームのスタンドで目撃した恩師が、教え子との特別な関係を振り返った。
11月8日、2000本安打を達成する2時間ほど前のことだ。試合前のグラウンドに現れた坂本勇人は、応援にかけつけた青森・光星学院高(現八戸学院光星)時代の旧友とバックネット越しに談笑していた。
「けっつぁんは来てるの?」
坂本は聞いた。「けっつぁん」とは、高校の恩師である金澤成奉(現明秀日立監督)に、その顎の形から坂本たちが陰で付けた呼び名だ。旧友が指さす先のスタンドにいる恩師を見て、こくりと頭を下げる。
「けっつぁんに言うといてや。今日俺が打たれへんかったら、けっつぁん、だいぶ『下げチン』やぞって」
そう笑って言い放つと、ノックの輪の中に入って行った。記録達成のプレッシャーが本当にあったのか、疑いたくなる話だ。
「伝言」を聞いた金澤は苦笑交じりに言う。
「そんなこと言いやがってね。確かに、アイツと俺は相性が悪いから、打たれへんちゃうかなとも思いましたけど」
2000本を打って祝福されるその瞬間を
実際はまるで違った。初回の第1打席、泳ぎながらも巧みなバットコントロールで捉えた打球は左翼線に弾んだ。31歳10カ月という史上2番目の若さでの偉業を、恩師の前であっさりとやってのけたのだ。
「あのヤンチャ坊主が球界を代表する選手になって、2000本を打って祝福される。ここまで来れたのはなぜなのか、その瞬間を目の当たりにしたいと思ったんです」
二塁ベース上で花束を受け取る愛弟子の姿を見て、金澤の脳裏には運命的な出会いからこれまでのあらゆるシーンが蘇った。それはまさに闘いの日々でもあった。
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photograph by KYODO