#1005
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<頑強なる剛腕> 渡辺久信「自分をエースと思ったことは一度もない」

2020/06/22
工藤公康、郭泰源と共に3本柱として黄金期を支えた。豪球と颯爽とした風貌に、超人的なタフネスぶり――。トレンディ・エースと呼ばれた男は投手として、監督として、GMとして勝利の遺伝子を継承し続けている。(Number1005号掲載)

 渡辺久信は過ぎたことは忘れて、前に進んでいく性格だという。ただひとつだけ、ずっと忘れられずに残っているゲームがある。1988年10月7日。ゲーム差なしで迎えた近鉄との首位攻防天王山だ。

 先発することが決まっていた渡辺は前の晩、どうにも寝付きが悪かった。だから近鉄打線のシミュレーションをしようと考えた。この人らしく“ファミスタ”で……。

「オーダーもそっくりそのままにしてやってみたんです。そうしたらゲームの中でオグリビーにホームラン打たれちゃって……」

 そして翌日、その二次元の悪夢が現実になったのだ。2回、それまでほとんど打たれたことがなかった近鉄の助っ人オグリビーにソロホームランを浴びた。

「こんなことあるのかって怖くなりました。めずらしく緊張しましたよ。ただ、そこから立ち直って、完投で勝ったんですけど」

 その後、ペナントレースは語り草の「10・19」で近鉄が力尽き、西武ライオンズはリーグ4連覇を果たした。

 それまでにも、それからも、何度となく修羅場をくぐった渡辺にとってみれば、あのゲームは常勝のうちの一コマであるはずなのだが、なぜか特別、記憶に残っている。

「他にいないんですか?」

 東尾修、工藤公康、郭泰源、石井丈裕……。誰をエースと呼ぶべきか迷ってしまうほどの黄金時代、監督だった森祇晶が振り返って真っ先に名を挙げたのが渡辺だ。

 曰く、『彼はいつもマウンドにいた』。

 当時、渡辺はシーズン中、よく監督室に呼ばれたという。たいていは先発投手の誰かが故障したタイミングだった。

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photograph by Takao Yamada

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