私のオリンピックの記憶は1960(昭和35)年のローマ五輪からであるが、エチオピアのアベベ・ビキラという名を耳にし、苗字と名前はどちらなのか……と思ったことを覚えている。
本書は、年月を経て、イギリス人ジャーナリストがたどったアベべへの旅であるが、取材は世界に及んでいる。
マラソンコースは古代ローマの遺跡を縫った、趣きあるものだった。終盤、口ひげを蓄えた褐色の走者が先頭に立つ。裸足だ。「生霊さながらの様子で駆け抜けていく走者に、(沿道の)女たちはひざまずいて十字を切った」とある。
記者席は大騒ぎとなった。走者がだれなのか、だれも知らなかったからだ。
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photograph by Sports Graphic Number