躍動感も存在感も、すべてが特別だった。伊藤剛臣は誰にも似ていなかった。
膝を高く振り上げ、特大ストライドでタックラーを飛び越える。16人の大男がガッチリ押し合うスクラムから「さっ」とボールを持ちだし、軽業師のように相手タックラーの隙間を擦り抜けた。激しくて軽やか。ひたむきで大胆不敵。一見相反する要素は、タケオミという4文字の中で矛盾なく並立した。
伊藤剛臣、現役引退を決意――その報に、現実感がなかった。タケオミが現役プレーヤーでいることは、当たり前のことだった。
積み重ねた日本代表キャップは62。最後のキャップを得たのは2005年。それから12年、干支が一回りする間、タケは現役プレーヤーであり続けた。18年在籍した神戸製鋼から戦力外通告を受けると、妻子を持つ41歳が釜石まで乗り込んで押しかけトライアウトを受け、契約を勝ち取った。神戸と釜石。ともに大地震に見舞われた土地のチームで闘い続けたのは偶然ではない。シーウェイブスの試合で、誰よりも熱い声援を浴びる姿がそれを証明していた。求められる場所へ躊躇なく行き、体を張る。誰からも愛された理由だ。
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photograph by Nobuhiko Otomo