< 記事に戻る 「流血したジャンボ鶴田はカメラマンを両手で…」突然の訃報から22年、“疲れを知らないプロレスラー”が成し遂げた日本人初の偉業とは 1984年2月23日、日本人初のAWA世界ヘビー級王者になった鶴田。三沢光晴、ターザン後藤、川田利明の姿も この記事を読む