1992年5月28日の大洋戦。プロ初本塁打を打った2日後、猛打賞でお立ち台に上がった20歳の新庄剛志(阪神) / photograph by Sankei Shimbun 1992年5月26日、大洋戦の第1打席でプロ初ホームランを放った新庄。プロ3年目、当時20歳 ©Sankei Shimbun 1992年まで背番号「63」をつけていた ©BUNGEISHUNJU 亀山努との“亀新コンビ”で人気に。亀山は1969年生まれ、新庄の2学年上になる ©BUNGEISHUNJU ©BUNGEISHUNJU バリー・ボンズと笑顔でハイタッチする新庄(写真は2002年)。2001年に渡米、メッツで過ごし、翌年ジャイアンツへ ©AFLO 日本ハム入団後の2004年春の沖縄キャンプで。やはり新庄フィーバーが巻き起こった ©BUNGEISHUNJU 『現役引退――プロ野球名選手「最後の1年」』 (新潮新書) 。長嶋、王、バースから古田、桑田、清原まで……球界を彩った24人のスターたちは「最後の1年」をどう過ごしたのか? 去り際の熱いドラマを描く(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします) ハーレー・ダビッドソンに乗って札幌ドームに登場する新庄(写真は同年9月) ©BUNGEISHUNJU 2006年、ラストイヤーの新庄 ©BUNGEISHUNJU 札幌ドームの天井からミラーボール付きの小型ゴンドラに乗って登場した新庄 ©KYODO  2006年5月18日の交流戦。シートノック時に阪神のユニフォームで現れ、円陣を組むときもそのままだった ©Sankei Shimbun ©BUNGEISHUNJU 2006年の日本シリーズ第5戦、新庄の現役最終打席。涙を流しながらフルスイングの3球三振だった ©BUNGEISHUNJU 優勝パレードにはひとりだけ私服で参加した ©BUNGEISHUNJU

1992年5月26日、大洋戦の第1打席でプロ初ホームランを放った新庄。プロ3年目、当時20歳 ©Sankei Shimbun

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