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久保建英“ソシエダで冷遇説”は本当か?監督と首脳のホンネ「クボの質を信じている」「W杯ヒザの捻挫…軽傷では」“驚きの結婚発表”直後の先発で結果
posted2026/11/03 17:01
久保建英は今季、レアル・ソシエダでベンチスタートとなるケースが多いが、指揮官や首脳はどう考えているのか
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ホルヘ・カストロ・ピコンJorge Castro Picon / Relevo
photograph by
Daisuke Nakashima
ソシエダ首脳が明かす“不運のW杯負傷”
久保建英は自身プロ初タイトルとなった2026年4月のコパデルレイ以降、リーグ戦5試合では4度先発の機会を与えられた。しかし目に見える数字を残せず、早い時間帯で交代させられることが多く、最後の2試合ではベンチを温めた。
2025-26シーズンの最終的な全公式戦の記録は、27試合2得点4アシスト。サン・セバスティアンでの4シーズン目に、もっとも芳しくない数字を残すことになってしまった。
その後に臨んだ北中米W杯でも、不運は続いた。
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初戦のオランダ戦で、先制された後に中村敬斗の同点ゴールをアシストしたまではよかったが、その後にデンゼル・ダンフリースと衝突した際に負傷し、75分にピッチを退いた。
「あれはヒザの捻挫だった」と後に説明したのはソシエダのフットボール・ディレクターを務めるエリック・ブレトスだ。
「重傷ではなかったが、W杯のような短期決戦で復帰できるほどの軽傷でもなかった。日本が大会の終盤まで勝ち残っていれば、話は違ったかもしれないが……」
むろん読者の方はご存知のように、日本はラウンド32のブラジル戦で1-2の逆転負けを喫した。25歳という適齢で迎えた2度目のW杯に期するものは大きかったはずだが、久保は結局、オランダ戦の75分間のみの出場に終わった。のちに『ムンド・デポルティーボ』紙に、久保はこう語っている。
「自分は1試合にしか出場できなかったけど、ピッチ上のことだけがすべてではない。学ぶことは多かった」
右ウイングの“定位置争奪戦”が激しくなっている
久保の負傷は、2026−27シーズンにも影響している。プレシーズンに適切な準備ができなかったのだ。レアル・ソシエダに戻ってきてからも、全体練習ではなく個人的なメニューをこなすことが多かったのだ。

