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「女房には呆れられてます」パーキンソン病、メニエール病と闘う“初代タイガーマスク”佐山聡(68歳)が明かした驚きの私生活…デビュー50周年の今語った“夢”
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橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2026/10/16 17:01
プロレスラーデビュー50周年、タイガーマスクデビュー45周年を迎えた佐山聡(68歳)
そんな佐山は、自身を「いつも10年早いと言われる」と評していた。タイガーマスクのファイトスタイルも、総合格闘技という競技の発想も、オープンフィンガーグローブも、常に常人の理解のはるか先を行っていた。
1983年、タイガーマスクとして最後の試合を闘う際、佐山は「これからは格闘技の道に進む。(実を結ぶまで)30年はかかるだろう」と考えていたそうだ。その43年後に、総合格闘技はアジア大会に採用された。佐山の夢はオリンピック競技化、それに天覧試合の実現だ。
「僕の時代にはできないかもしれないけど、将来やってもらいたいです」
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グラウンドでの顔面へのパンチ、いわゆるパウンドをシューティングに導入したのも「いずれこれが当たり前の攻防になる」と確信していたからだ。
「(残酷だと言われる展開になるのは)実力差のある試合だからなんです。実力が拮抗してくれば、切磋琢磨する状況になる」
相手が馬乗りになって殴ろうとしてきても、それを防いだり無効化する技術もある。お互いが技術を身につければ、残酷なほど打ち据えるのは簡単ではない。佐山はそれが分かっていた。
「前に進もうという時に、たとえ小さな手がかりでも藁をも掴みたいという気持ち。それが人よりもある気がします。たとえば総合格闘技とボクシングのパンチはまるで違います。キックボクシングのパンチも違う。その違いがどんなものか、藁をも掴む思いで探し出したかった。そうして今、UFCのトップ選手がしている試合のよう(な技術)になった。満足しています」
足のアタッチメントを“1日50個”自作する日々
アジア大会での総合格闘技は、ショーツとラッシュガード着用の「モダン」と道衣着用の「トラディショナル」の2つのスタイルで試合が行われた。これも、佐山が以前から考えていたことだ。
「ギ(道衣)を着ているか着ていないかで、技術がまったく違いますから。僕は“ジャケットシューティング”というものを考えたこともあります」
シューティングの後に佐山が始めた掣圏道(掣圏真陰流)は「市街地型実戦武道」を標榜。1対多数の闘いも想定してグラウンドを制限し、打撃だけで相手を仕留める技術が重視される。また都市生活の中の護身として、佐山は新たにスーツ型の道衣を考案している。
病魔に襲われても、探究心は衰えない。最近は「病気で歩けないので、足につけるアタッチメントを自作してます」。電熱ナイフを使い、さまざまな接着剤を試しながら1日50個も作るそうだ。
「接着剤の匂いもするし、女房には呆れられてます」
まるでオープンフィンガーグローブを製作していた頃のようなのめり込みぶりだ。
「そうです。あの時も女房に呆れられました」

