濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER

「女房には呆れられてます」パーキンソン病、メニエール病と闘う“初代タイガーマスク”佐山聡(68歳)が明かした驚きの私生活…デビュー50周年の今語った“夢” 

text by

橋本宗洋

橋本宗洋Norihiro Hashimoto

PROFILE

photograph byNorihiro Hashimoto

posted2026/10/16 17:01

「女房には呆れられてます」パーキンソン病、メニエール病と闘う“初代タイガーマスク”佐山聡(68歳)が明かした驚きの私生活…デビュー50周年の今語った“夢”<Number Web> photograph by Norihiro Hashimoto

プロレスラーデビュー50周年、タイガーマスクデビュー45周年を迎えた佐山聡(68歳)

先進的だった佐山の取り組み

 ブルース・リーが創始した格闘技ジークンドーも、総合格闘技の源流の一つと言われる。立ち技での打撃戦から始まり、投げで寝技に持ち込み、絞技・関節技で仕留める。その闘いは、映画『燃えよドラゴン』冒頭の試合シーンで確認することができる。

 古代ギリシャの格闘技パンクラチオンがあり、ブルース・リーがいて、格闘技としてのプロレスを追求する佐山が総合格闘技を近代的な競技にした。ブラジルの“なんでも有り”の試合形式バーリ・トゥード(VT)をベースにした初期UFCは、素手で試合することも認めていたから野蛮だと批判された。だが現在はオープンフィンガーグローブ導入などスポーツとして整備され、そこから世界的な人気を博すことに。

 UFCとの向き合い方も、佐山は先進的だった。1993年、第1回UFCでグレイシー柔術が登場。佐山は94年に日本で『バーリ・トゥード・ジャパンオープン』(VTJ)を開催し、ヒクソン・グレイシーを招聘する。ヒクソンはUFC優勝者ホイス・グレイシーの兄。ホイスはヒクソンを「私の10倍強い」と言っている。ヒクソンはVTJを2連覇、その存在と“最強幻想”を巨大化させていくことになった。

ADVERTISEMENT

 佐山はシューティングのルールも変更。VTのようにグラウンドでのパンチ攻撃を解禁した。「相手に馬乗りになって殴りつけるなんて」という声もあった中で、である。シューティングを離れると、今度は路上における実戦を視野に入れた武道・掣圏道(掣圏真陰流)を創始してもいる。

 今年は佐山デビュー50周年、初代タイガーマスクデビュー45周年の年。そんな年に、アジア大会によって佐山のキャリア全体にも光が当たることになったのだ。

「僕の時代にはできないかもしれないけど…」

 イベント後の取材でも、佐山はタイガーマスク時代について、また総合格闘技についてイキイキと語ってくれた。覆面レスラーになることは本意ではなかったとも言われる。だが68歳になった今、佐山が語るキャリアのすべては一本の道としてつながっている。

 ずっとプロレスを愛していたし、格闘技にのめりこんでもいた。新人時代には、こう書いた色紙を部屋に貼っていたという。

「真の格闘技は、打撃に始まり、組み合い、投げ、関節技で終わる」

 後に創始するシューティングのコンセプト「打・投・極」に通ずる言葉だ。猪木とは佐山を新日本プロレスの格闘技選手第一号にするという約束もしていた。佐山が作ったオープンフィンガーグローブは、猪木の異種格闘技戦でも使われている。やはり、すべてはつながっているのだ。

【次ページ】 足のアタッチメントを“1日50個”自作する日々

BACK 1 2 3 4 5 6 NEXT
#タイガーマスク
#佐山聡

プロレスの前後の記事

ページトップ