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「女房には呆れられてます」パーキンソン病、メニエール病と闘う“初代タイガーマスク”佐山聡(68歳)が明かした驚きの私生活…デビュー50周年の今語った“夢”
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橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2026/10/16 17:01
プロレスラーデビュー50周年、タイガーマスクデビュー45周年を迎えた佐山聡(68歳)
息子に“仕事”を教えなかった理由
息子の聖斗は、自分の父親がタイガーマスクだったことを小学2年生になるまで知らなかった。
「学校の課題で親の仕事を調べることがあって、母に聞いたら“タイガーマスクだよ”と。そこからビデオを見て、友達も連れてきては見せてました」
佐山はこう説明する。
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「この子を甘やかして育てたくなかったんです。(大スターの)タイガーマスクの子だからと横暴な態度をとる人間にならないように。自分からタイガーマスクだと言ったことはないです」
初代タイガーマスクが活躍した時代、新日本プロレスはテレビ朝日で金曜日の夜8時に放送され、高視聴率を記録していた。今では考えられないほどにテレビの影響力が強かった時代でもある。ただどれだけ人気が出ても、佐山の頭にあるのは強さの追求だった。その根底にあるのはアントニオ猪木のストロングスタイルだった。その軸がぶれなかった結果として、佐山はプロレスの世界以外でも偉大な足跡をのこすことになる。総合格闘技の開拓だ。
JOCのサイトにも「佐山聡」の名前が…
佐山に関連して最近、大きな話題があった。9月から10月にかけ名古屋で開催されたアジア競技大会で、総合格闘技(MMA)が正式種目として初めて採用されたのだ。JOCのサイトでは、総合格闘技というスポーツがこのように説明されている。
〈1980年代に日本で競技化されて世界へと広がり、競技に不可欠なオープン・フィンガー・グローブ(OFG)も日本で考案されました〉
〈1980年代に日本の初代タイガーマスク・佐山聡氏が創設したシューティング(現・修斗)で開発されたオープン・フィンガー・グローブ(OFG)の誕生や早期の競技化が基礎となり、世界中へ普及した比較的新しいスポーツです。海外関係者の間でも「日本発祥の競技」として捉えられている側面を持ちます〉
佐山が総合格闘技の基礎を築いたとされているのだ。佐山はタイガーマスクとしては1983年に引退を発表。その後、第一次UWFで“格闘スタイル”のプロレスを前田、藤原らとともに表現していった。それを佐山は新格闘技・シューティングと呼んだ。シューティング(修斗)はプロ、アマともに普及し、エンセン井上や佐藤ルミナ、宇野薫、桜井“マッハ”速人といったスター選手を輩出している。
また佐山は、ブルース・リーが開発したグローブを独自に改良し、いま世界的に使用されている形にした。相手の顔面を殴ることも、掴んで投げたり関節技を極めたりすることもできる佐山考案のオープンフィンガーグローブによって、総合格闘技はスポーツとして普及していったのだ。


