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「今日はお前で負けたね」三井寺眞13歳を“元天才MF”財前宣之が泣かせてしまった日「でも俺が眞に心を動かされるのは…」LINEで意見交換、3つの教え
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生島洋介Yosuke Ikushima
photograph byYUTAKA/AFLO SPORT
posted2026/10/30 17:02
2026年5月、Jリーグデビュー前の三井寺眞。彼が幼少期から発揮していた才能とは
「眞はドリブルからシュートまでの型を持っていたので、どんどん出していこうと伝えていました。うちでは、似ている選手のプレー動画をよく見せるんですが、彼にはロッベンでしたね。いま上手さも出てきているけど、眞は元々、外し系ではなく置き去り系のドリブラーだから。そんなドリブルをマリノスでも少しずつ見せていますよね」
もちろん、LINEのやりとりでは物足りない面についても活発に意見を交わしていたという。
「自分から課題に気がついて相談してくることもありましたし、俺らからもどんどん伝えて。特にオフ・ザ・ボールの動きの質、キックの質、ハードワークの3つはうるさく言ってきました。俺自身は中学や高校の頃は生意気で『サッカーは技術でしょ、フィジカルで負けても全員股抜きしてやるよ』なんて思っていました。でもそれで壁にぶち当たったので、ハードワークの大切さがよくわかりますから」
あえて与えた試練と涙の理由
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ときには、あえてボランチでプレーさせることもあった。前線に三井寺を置けば、多少サボっていても簡単にゴールを決めてしまう。そこで中盤の底に置き、運動量や強度を求めた。中盤を走り疲労したなかで、前線にも顔を出してゴールを狙うよう促した。
また、3年になるとキャプテンを託した。プレーだけでチームを勝たせるのではなく、仲間を生かし、チーム全体を動かす力も身につけてほしい。そのためにも試合に出ていない選手の気持ちを考え、チームの雰囲気を見ながら声をかける。ときにはチームの荷物を率先して持つ。ピッチ外でも仲間を気にかけることを求めた。
財前は教え子の変化をこう振り返る。
「中1のときには『お前で勝った試合もあるけど、今日はお前で負けたね』なんて厳しく言って、泣かせてしまったこともありました。でも、眞はどんどん成長していきました。最初はいろいろ課題があったんですけど、最後には走力でもチームで一番になっていたし。もちろん中学生ですから、不安定で難しい時期もあったと思います。でも、3年間でメンタルは特に大きく変わったと思います。親元を離れて覚悟を持って来ていたし、なにより心が素直だから」
その中でやっぱり俺が心を動かされるのは
では、財前自身の同年代と比べるとどうだったのか。

