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“最高齢ボクサー”山本美憂52歳の衝撃KOに後楽園ホールがどよめいた…「13歳でレスリング全日本最年少優勝」から39年後の“偉業”「KIDに自慢します」
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布施鋼治Koji Fuse
photograph bySusumu Nagao
posted2026/09/19 17:00
ボクサーとしての初白星を手にしてリング上で感極まる山本美憂(52歳)。鮮烈なKOで後楽園ホールを沸かせた
「レスリング時代からボクシングが一番好きだった」
リングインした美憂を見て、まだ彼女が10代の頃、最寄りの駅で購入したケーキを手土産に神奈川県の山本家にお邪魔して取材させてもらったことを思い出した。あの頃の美憂はまだ無口な少女だった。
その後も何度か取材させてもらった。正直、「わがままな人だな」と思うこともあったが、私生活での度重なる結婚や離婚を経て、「大人になった」と感じさせられたことは一度や二度ではない。そして世間から誤解を受けていることもわかった。格闘技にしろ、私生活にしろ、山本美憂は一度心に決めたらそのまま真っ直ぐに突き進む性格なのだ。
今回の50歳を過ぎてからのボクシング転向もそうだった。「レスリングをやっている頃から実は一番好きだったのがボクシング」と語り、「大好きなボクシングで自分の格闘技人生を終えられれば本望」と、レスリング、MMAと続いた格闘技人生の終着駅がボクシングであることを打ち明けた。周囲の否定的な声など、一切関係なかった。
メモ帳に記した「このままだと負ける」
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特筆すべきは、試合が終わるまで「老けたなぁ」「やっぱり50代だな」といったロートル感を一度も感じさせなかったことだろう。実弟・山本“KID”徳郁の入場テーマ曲『I Believe』をアレンジした曲で花道に登場しただけで後楽園ホールの空気は変わった。掛け値なしに、その存在感は突出していた。
確かに緊張のせいか2ラウンド中盤まで動きが固く、足も動いていなかった。セコンドに就いたKOBE長谷川ボクシングジムの長谷川穂積会長(元世界3階級制覇王者)は「先に」という指示を出していたが、その通りにはなかなか動けなかった。それゆえ2ラウンドまでは明らかに劣勢だった。筆者もリングサイドで試合展開をメモしながら、「このままだと負ける」と記している。
誰も、その後の美憂の逆転KO劇など想像できなかった。女子の試合だけの興行では「決着は判定ばかり」という現実を避けて通れない。キャリアを重ねるにつれボクサーとしてのスキルは向上しても、倒すだけの切れ味やフィジカルを兼ね備えた女子は少数派なのだ。
そうした日本の女子ボクシングの傾向を踏まえると、美憂の挽回は難しいように思えた。筆者だけではなく、3ラウンド以降も田口が試合の主導権を握ったまま、試合終了のゴングが打ち鳴らされる場面をイメージした観客やライブ配信の視聴者は多かったのではないか。

