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格闘技PRESSBACK NUMBER
「メキッと乾いた音が鳴り、一瞬で腕を折った」若き青木真也は“壊し屋”だった…カメラマンが戦慄した残酷な結末「見てはいけないものを見たような…」
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長尾迪Susumu Nagao
photograph bySusumu Nagao
posted2026/09/09 12:00
2004年7月、DEEPのウェルター級トーナメントに出場した青木真也(当時21歳)。修斗、PRIDE、DREAMと舞台を変えながら一本勝ちを重ねていった
「注視しないと撮り逃す」飛びつき腕十字の切れ味
青木は2003年のMMAデビュー以来、20年以上もコンスタントに試合を続けている43歳のベテランファイターだ。小学生のときに柔道を始め、中学、高校と柔道部に所属。大学もスポーツ推薦で早稲田大学へ進学。その実力は全日本ジュニア強化選手に選ばれるほどだった。
だが、青木の柔道は投げ技で一本を取るのではなく、絞め技や関節技で「極めて勝つこと」を信条とした。PRIDEで活躍する桜庭和志の影響もあったという。投げ技を重視する講道館柔道において、その戦い方は紛れもない異端だった。大学の道場でも己の信念を曲げずに練習を続けていたが、ついには柔道部から“お払い箱”に。大学3年時の2003年11月、青木はDEEPフューチャーキングトーナメントに出場し、見事に優勝。青木真也の長い格闘技人生のスタートになった。
DEEPに継続参戦しながら、柔術の大会にも出場した。2004年11月の「COPA reversal 2004」では、MMAのプロとして活躍していた弘中邦佳と柔術マッチで対戦。青木は大技である飛びつき腕十字を極め、弘中の肘を脱臼させた。
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2005年には世界で最も歴史のある総合格闘技団体である修斗に初参戦。対戦相手は後にUFCにも出場するアメリカ人のキース・ウィスニエフスキーだった。1月29日、満員の後楽園ホールで、この試合は4試合目に組まれた。序盤は青木が自ら組みにゆき、テイクダウン狙いの差し合いが続く。一瞬の隙をつき、青木が飛びつき腕十字を見せるが未然に防がれた。
私はリングサイドで撮影していたが、飛びつき腕十字の動きについてゆくことができず、この場面は撮れなかった。直後、自分に言い聞かせた。「青木の一挙手一投足を注視しないと、撮り逃すかもしれない。集中力を高めて、彼の動きに呼吸を合わせよう」と。
「メキッ」と乾いた音が鳴り…
試合の終わりは突然に訪れた。青木はコーナーに相手を押し込み、左手を取るやいなや自らの右脇に腕を抱えアームロックを仕掛けた。「メキッ」と乾いた音が鳴り、キースの顔面が歪んだ。と同時に青木は肘を極めたまま投げを打った。両者が崩れ落ちた瞬間、キースの異変に気付いたレフェリーがすぐに試合を止めた。左肘があらぬ方向に曲がり、骨折していることは容易に想像できた。


