甲子園の風BACK NUMBER
「金沢の町から人がいなくなった」“高校野球史上最高の試合”死闘の結末で何が起きたか…星稜の名将は「自分の器の小ささがよくわかりました」
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元永知宏Tomohiro Motonaga
photograph bySankei Shimbun
posted2026/09/09 11:05
1979年、箕島に星稜が挑んだ一戦は延長にもつれこみ、次々と思いもよらないプレーが出る
「もう体力の限界に来ていました。フライが上がった瞬間に『捕れる』と思って追いかけたんですけど、気がついたら転んでいて……」
最後のバッターになるところを助けられた形になった森川がフルスイングした打球は、左中間スタンドに飛び込んだ。またも、3対3の振り出しに戻った。
星稜・山下智茂監督は言う。
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「16回表の山下のタイムリーヒットが出た瞬間に『もう勝った』と思いました。だけど、箕島のライトの守備がすごかったんですよ。ライト線に飛んだ打球を捕ってツーベースにさせなかった。こちらも研究しているけど、箕島もすごいなと思いましたね。
加藤が転がった瞬間は『まあ、仕方がない』と思いました。そのあとにホームランを打たれるとは思ってなかったから。バッターを打ち取ればいい。森川くんはライトヒッターだというデータがあったので、レフト方向にホームランを打たれてショックでした。箕島の底力を思い知らされましたね。同点に追いつかれたことで『加藤は大丈夫かな……』と思いました」
17回は両チームともに三者凡退。残るは18回だけだ。
泣いても笑っても最終回の攻防
18回表の攻撃、星稜は三番からの好打順だった。ワンアウトのあと、四番・川井がヒット。五番の堅田が打席にいる時、場内アナウンスが流れた。このまま決着がつかない場合は翌朝8時30分からプレーボールになるという事務連絡だった。
「それを聞いた瞬間、堅田の肩が落ちるのがわかりました。うちには堅田しかピッチャーはいない。明日再試合になったら負けるな……と思いました」
それでも堅田はヒット。ツーアウトから七番・山下がセンター前ヒットを放つも、ランナーはホームに帰れない。満塁のチャンスで代打が三振を奪われて、星稜の勝利はなくなった。
18回裏、この日延べ60人以上のバッターと対峙してきた堅田は、足を引きずるようにしてマウンドに向かった。

